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24 経済的な範疇 113 言語表現の<時間>性と<空間>性
36 経済的なカテゴリー 114 言語表現の<時間>性と<空間>性
37 経済的なカテゴリー 118 古典評価
41 共産主義 120 幻想論の根柢
44 観念の運動 121 幻想論の根柢
49 関係の絶対性 122 幻想論の根柢
54 原則 131 言葉という地平
56 原則 135 近親相姦のタブー
62 古典 136 季節
63 「言語にとって美とはなにか」 145 気づき
64 近親相姦のタブー 146 概念に封じこめられた生命
71 <家族>の本質 147 言語
77 原理 150 概念の誕生
80 国家 155 考えることの現在
82 現実 158 言葉の像
90 原則 159 権力
92 国家の初源的な形態への転化 214 「価値」という概念の起源にあるもの
93 国家の初源的な形態への転化 215 「価値」という概念
94 国家の初源的な形態への転化 218 経済社会現象
101 幻聴 219 国家社会のモデル
102 共同幻想の飛躍と断絶 220 国家社会のモデル
103 共同幻想の飛躍と断絶 238 言葉の重さ
104 共同幻想の飛躍と断絶 239 家族の未来
105 関係の絶対性 242 <こころ>と感覚作用のちがい
109 婚姻形態 252 奇跡について


257 契機
260 見識
262 価値の源泉
263 価値ある生き方
294 原則 (追記)2023.5.2
297 言葉には根拠がない
298
320 価値論
324 言葉の重さ
327 近親相姦の禁止
331 心のなかの三つの層
338 <欠乏>の<倫理>から
388 個人としての個人と社会的個人
394 外国文学の受け入れ方
398 個人としての自分と社会的個人としての自分の区別
400 北朝鮮について
407



項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
24 経済的な範疇 共同幻想論「序」 論文 共同幻想論 河出書房新社 1968/12/05


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科学技術の発展 つまり科学というものは一般に逆戻りすることはありえない。
項目抜粋
1

@

僕の考えでは、そういう科学的な意味で生産方式も発達し、技術も発達しというような、つまり大きくいえば経済的な範疇なんですけれども、そういう意味での発展というものは止めることができないのです。逆戻りすることはありえないと思うんです。
つまり科学というものは一般に逆戻りすることはありえない。そういう意味では社会科学としての経済学というものが扱う問題は逆戻りすることはできませんから、それは発展していくでしょうと思います。・・・・


A

それに対して全幻想領域というものは、同時に、ちんばをひきながらでもいいのですけれども、発達するかもしれないですけれども、その中でいくらでも逆転することができるわけです。あるいは、物質的な基礎が発達すればするほど、人間の幻想領域というものはかえって逆行したがるというような矛盾した構造ももちうるわけです。
 
(P21「序」「ことばの宇宙」67年6月号より引用)








 (備考)

@の科学技術が逆戻りできないのは、例えていえば、新しく建築中の家を途中からわざわざ解体しはじめるようなもので、そういうことは現実性としては一般にあり得ない。

Aに関しては、科学技術が発達してパソコンの登場など何か新しい事態が社会に訪れると、初期においてはそれを進んで受けいれようとする層とそれに反発して後ろ向きになる層とが必ずといっていいほど現れる。それが社会的に普及・滲透して人々の慣れを通して意識の自然性を獲得して行くにつれて、反発する層は薄れていく。こうしたことは、文化や社会の大規模な変動に対しても同様の相対(あいたい)する心性が現れる。明治近代を上り詰めてきたわが国が、その近代化とともに内包してきた危機感から、人々の意識が、(過去がなつかしい、帰りたい)などの心性から退行の方へ組織化されていったのは、このAの例に当たっている。その組織化のきっかけとなったのが、先の戦争であった。



項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
36 経済的なカテゴリー カール・マルクス 論文 吉本隆明全著作集12 勁草書房 1969/10/25


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経済的なカテゴリーは、生き生きとした総体性の環のなかにはめこまれていた ふたつの方向からかんがえる 反作用
項目抜粋
1

@

「経済学と哲学とにかんする手稿」は、市民社会の構造を解明するためのカギとして経済的なカテゴリーを設定している。ここでは、後年、「経済学批判」で最初に明瞭な概念として提出したような、生産社会の歴史的な段階としての市民社会の土台という意味はもっていない。かれは、現存する西欧社会の生々しい現実性にメスをいれるためにのみ経済的なカテゴリーをかんがえたのである。まだ、経済的なカテゴリーは、かれの体系にとって手段の分野をなしていた。またそれゆえに生き生きとした総体性の環のなかにはめこまれていたともいうことができる。


A

わたしたちは、これを
ふたつの方向からかんがえることにする。ひとつは、根源としての<自然>哲学のカテゴリーで、本質的に人間と自然を相互に規定している<疎外>が表象されたものとして、もうひとつは、宗教、法、国家、いいかえれば外化された幻想性と対立し、またこの幻想性の基礎でもある非幻想性の領域としてである。このことは、市民社会の経済的なカテゴリーが、マルクスのなかで、<自然>哲学と政治哲学の矛盾する現実的な領域として成立しているというわたしのかんがえを暗示している。
 (P144-P145「Z」)


B

わたしは、まず<自然>哲学の表象としての経済的カテゴリーというかたちから、このもんだいにはいってみるが、うまくいくかどうかはわからぬ。
 人間と自然との関係のなかで、人間が自然の<有機的自然>となり、自然は人間の<非有機的身体>となるという<疎外>の関係は、必然的に、市民社会の経済的カテゴリーに表象されると、具体的な、直接の単純労働によって<自然>との関係(生産)にはいる人間を基底としてかんがえることを要求する。そして複雑な労働は単純な労働の累積であり、市民社会内部の複雑な関係は、単純な関係の累積である。このようにしてプロレタリアートという概念は、市民社会の経済的なカテゴリーとしての人間の基底として登場する。
マルクスのプロレタリアートという概念が、現実のプロレタリアートそのものでないのは、経済的カテゴリーとしての人間が、全人間的存在でないのとおなじであり、おなじ度合においてである。 (P145-P146「Z」)


項目抜粋
2

C

単純な具体的な労働は、加工された自然物(生産物)を、労働者の外に、また労働するという対象化行為を、労働そのものの外に、また総体的に労働する者を、自然の外に置き、そのことによって労働者を自己自身の外に、人間の存在を、その普遍性の外におくという
反作用をもたらすのである。
 ところで、単純な具体的な労働をする<かれ>が、労働によって全体的に対象的世界と<疎外>関係にはいるとき、かれは、必然的に<他の人間>との関係において、それを表象するほかない。この<他の人間>は、
資本家として結果的に表象されるのである。(P146「Z」)









 (備考)

Cの「反作用」というのは重要な概念、捉え方である。人間が対象(他者であれ物であれ)に働きかけると、必ずその人間はいろんなことを考えたりなどの影響、すなわち「反作用」を受ける。これはわたしたち誰もが感じる実感である。そうして、そのことは人間の諸活動や人間社会の基底にある事柄だと言えそうだ。





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37 経済的なカテゴリー カール・マルクス 論文 吉本隆明全著作集12 勁草書房 1969/10/25


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全現実的人間 経済的カテゴリーが、直接の具体的な意味のなかに、三重の累積された意味をはらまざるをえない マルクス思想の総体性
項目
抜粋
1

@

もっとも基本的な意味で、経済的なカテゴリーとしての<疎外>(疎外された労働)は、
三つの意味をもってあらわれるということができる。第一は、<自然>哲学のカテゴリーの<表象>として、第二には、もっとも単純に、具体的に、人間が市民社会(それは具体的であるがゆえに歴史的な社会である)で働くことによって自然の素材を加工したり、自然を自分の生産手段にしたりするとき、じぶんを有機的な自然とするほかはないという具体的な関係として、第三は、このような具体的な関係が、そのままじぶんの本質を、じぶんの外におき、そのことによって自己の存在と自己の自然としての存在を自己意識のなかで区別し対立させ、これが必然的に幻想性一般として、非幻想性一般と、また政治的共同性として、非政治的な現実社会と分離し、これが自己意識と、その共同性の二重の意味で経済的カテゴリーにかえってくるということである。
 
幻想的な個別性や共同性のカテゴリー全現実的人間よりも小さいように、また経済的カテゴリーが全現実的カテゴリーよりも小さいように、また人間との自然の関係が、全人間的存在の対象性よりも小さいように、経済的カテゴリーが、直接の具体的な意味のなかに、三重の累積された意味をはらまざるをえないのは明瞭である。


A

疎外という概念は、マルクスによって、ある場合には、非幻想的なものから幻想性が抽出され、そのことによって非幻想的なものが反作用をうけるという意味で、またあるばあいには、人間の自然規定としてぬきさしならぬ不変の概念であり、したがって人間の自己自身にたいするまた他の人間にたいする不変の概念として、またあるばあいには、<労働>により対象物と<労働者>とのあいだに、したがってその対象物を私有するものとのあいだに、具体的におこる私的な階級の概念としてつかわれているが、もちろん
かれの思想にとって重要なのは、それがどのようにつかわれていても、累積と連環によって他の概念におおわれているという点にあった。そこにマルクス思想の総体性が存在している。(P149-P150「Z」)









 (備考)

吉本さんがマルクスの思想を層や連関や構造として取り出して見せている。しかし依然として、わたしたちの知の慣習や自然性は、機械的ではない本心からの概念や論理の構成になじまないものがある。吉本さんが取り出して見せた〈アフリカ的〉段階の精神の遺伝子が根強く残存していて、それが発動されてくるということだろうか。ヨーロッパのような論理の構成を空しいものとして引き戻そうとする力が働くように感じることがある。




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41 共産主義 カール・マルクス 論文 吉本隆明全著作集12 勁草書房 1969/10/25


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<共産主義>は、<一挙>に乃至は同時にでなければ可能ではないこと 理想ではなくて、現在の状態を止揚するための現実的な運動であり、世界市場の成立を前提とするため<世界史的>な運動であらざるをえない
項目
抜粋
1

@

「ドイツ・イデオロギー」(一八四五年)でみるべきものは、「フォイエルバッハ論」だけであるといっていい。・・・・かれが「フォイエルバッハ論」で、あらたにつけくわえたのはただ現実運動の条件だけであるが、そのなかで
<共産主義>は経験的には、支配的な諸民族の行為として、<一挙>に乃至は同時にでなければ可能ではないこと、そして<共産主義>はそうならなければならない理想ではなくて、現在の状態を止揚するための現実的な運動であり、世界市場の成立を前提とするため<世界史的>な運動であらざるをえないということであった。(P197)


A

すくなくとも、マルクスはここでは政治共同体と社会共同体の双方にわたる全現実をふまえており、わけても経済的な範疇としての世界市場を前提としてものをいっている。したがって、じっさいは国家共同性のもとにある政治的な現実運動のもんだいと、経済社会の世界共同性との矛盾のうちに現実的な課題があることを前提として、マルクスの見解は理解されるひつようがある。(P198)









 (備考)

吉本さんは、「マルクス主義」と「マルクスの見解」とを峻別していた。

しかし、現在では、「マルクス主義」も「マルクスの見解」もいっしよくたに古びたものとして打ち捨てられている。それはそれで社会段階の変貌がそれらを色褪せさせた、言いかえれば思想的に死んだという仕方がない面もあるが、人類の歴史の無意識的な主流の流れに浸かりながら、わたしたちが抱く理想の社会のイメージはいかに可能かという問題が死滅したわけではない。吉本さんの言うお猿さんから分かれてきた人類史の主流の無意識的な振る舞いの自然性にのっとりつつ、いかにやわらかなかくめいが可能かという課題を人類が捨て去ることはないように思われる。

現在までの「ユートピア思想」の失敗と血塗られた革命の歴史が、わたしたちの視野にはある。マルクス主義などの変革思想のある程度の影響下にありつつ全共闘運動や「独立左翼」としての独自の運動を組織し行動したこの国の前の世代の若い熱狂の中に込められていたイメージは、どこへ失墜なり、収束なりしていったのだろうか。大勢(たいせい)としては、社会の変貌がそういう理想のイメージや言葉を墓地に埋めてしまったということになるだろうか。




項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
44 観念の運動 カール・マルクス 論文 吉本隆明全著作集12 勁草書房 1969/10/25


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思想は物質ではなく、外化された観念であるということ 観念の運動は観念によってしか埋葬されず
項目抜粋1
@

なぜならば、
思想は物質ではなく、外化された観念であるということを、かれの敵たちが理解しなかったからである。観念の運動は観念によってしか埋葬されず、甲の観念は、乙の観念がそれを包括し、止揚することによってしか、いいかえれば甲の観念を生かして袋に入れることによってしか亡びないからである。 (P222)






項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
49 関係の絶対性 マチウ書試論ー反逆の倫理ー 論文 「現代評論」
1954-1955
吉本隆明全著作集4 勁草書房 1969/04/25


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人間の意志 人間と人間との関係が強いる絶対性
項目
抜粋
1

@

ここで、マチウ書が提出していることから、強いて現代的な意味を描き出してみると、加担というものは、人間の意志にかかわりなく、人間と人間との関係がそれを強いるものであるということだ。人間の意志はなるほど、撰択する自由をもっている。撰択のなかに、自由の意識がよみがえるのを感ずることができる。だが、この自由な撰択にかけられた人間の意志も、人間と人間との関係が強いる絶対性のまえでは、相対的なものにすぎない。


A

・・・・。秩序にたいする反逆、それへの加担というものを、倫理に結びつけ得るのは、ただ関係の絶対性という視点を導入することによってのみ可能である。


B

・・・・。荷担の意味は、関係の絶対性のなかで、人間の心情から自由に離れ、総体のメカニスムのなかに移されてしまう。 


C

人間は、狡猾に秩序をぬってあるきながら、革命思想を信ずることもできるし、貧困と不合理な立法をまもることを強いられながら、革命思想を嫌悪することも出来る。自由な意志は撰択するからだ。しかし、人間の情況を決定するのは関係の絶対性だけである。ぼくたちは、この矛盾を断ちきろうとするときだけは、じぶんの発想の底をえぐり出してみる。そのとき、ぼくたちの孤独がある。孤独が自問する。革命とは何か。もし人間の生存における矛盾を断ちきれないならばだ。


D
・・・・原始キリスト教の苛烈な攻撃的パトスと、陰惨なまでの心理的憎悪感を、正当化しうるものがあったとしたら、それはただ、関係の絶対性という視点が荷担するよりほかに術がないのである。
  (P104-P106)











 (備考)







項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
54 原則 どこに思想の根拠をおくか 対談 1967.2.11 鶴見俊輔との対談 どこに思想の根拠をおくか 築摩書房 1972/05/25


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第一原則
項目
抜粋
1

@

答えるに値するかしないかということが、ぼくにとって一義的な問題としてでてこないですね。答えるに値するかしないかということよりも、ものを書いて自分の思想を述べることをしている人間には、自分の考え方の展開の過程をかならずはっきりさせるべき責任がある。少なくともものを書かぬ大衆にたいして明らかにしておく責任がある。そういう責任を明らかにするということが、ぼくの第一原則になっている。


A

・・・・取り上げるに値しないような批判に対して、どうして反論するのかといえば、ぼくは共同性のよそおいをもってなされる批判に対しては、かならず答えなければならないという原則をもっているんです。なにか根源的な思想原理を述べようとする一人の人間というものは、共同性のよそおいをもってなされる批判に対してはかならず答えなければならない。ぼくはどんな場合でもそうしています。
 (P51-P52)












 (備考)





項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
56 原則 思想の基準をめぐってーいくつかの本質的な問題ー インタビュー どこに思想の根拠をおくか 築摩書房 1972/05/25


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党派性の止揚 体験的<原則>
項目抜粋
1
@…・<思想>は<強いられた>党派性を止揚する<可能性>にむかって<開かれている>べきです。…・かりにわたしが当事者であるとしても歯止めがきくかどうか保証し難いものがあります。そこで、わたしが抱いている体験的<原則>を申述べましょう。この原則はほぼ確実に実行しえているものです。
 
一、ある政治、思想、文化の党派が、集団的に、特定の個人を批難したときは(あるいはそういう決議をしたときは)、その党派を粉砕するまで許すべきではない。あくまでもたたかうべきである。ただし、批難された特定の個人が単独でたたかうべきである。この場合の特定の個人は、どんなたたかい方をしてもよい。絶対にたたかうべきである。これをおっくうがる個人は、このような<党派>とおなじく、どんな穏和なことを主張していても、反スターリン主義を理念としていても、必ず潜在的に集団的<殺人>を行うか、許容する可能性がある。

二、特定の個人が特定の個人を批判することは、どんな批判でも許される。したがって、もちろん、どんな反批判をも許される。

三、政策的、企図的な特定の個人にたいする批判は、個人によってなされても、党派によってなされても、反批判にあたいしない。ただ足蹴にすればよい。そういう個人または党派は、どんな穏和な主張をしていても、何を云っても潜在的に集団的<殺人>を行うか、加担する可能性がある。

四、すべての<党派性>に属するものは、個人によってなされる<党派>の批判を許容すべきである。この批判、批難を反撃する場合は、個人の資格においてすべきである。これを実行しえない政治党派は、反スターリン主義を理念としていても、潜在的に集団的<殺人>の可能性がある。
 (P23-P24)








 (備考)



項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
62 古典 いま文学に何が必要か 論文 「文学」1964.5 吉本隆明全著作集4 勁草書房 1969/04/25

関連項目 項目ID118 項目 古典評価

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古典理解の必須の条件 その人間が、その時代の社会性の総体を理解し、観念的にその時代に移行することと その後代の社会の現在性にはげしくかかわりあっていること
項目抜粋
1

@

古典とはなにをさすのか?わたしのいい方からは、それはその時代の現存性か
(その当時の作品としての時代性)の強大さと、歴史的累積性(その作者をつつむ現実のさまざまの要因をふくめての作者たちの、意識的なあるいは無意識の内発的表出力)の強大さの交点をもっている作品を差している。(P391)

A

これを、
後代の鑑賞する人間からいえば、その人間が、その時代の社会性の総体を理解し、観念的にその時代に移行することと、後代の人間が、その後代の社会の現在性にはげしくかかわりあっていることの二点が、古典を理解するために、必須の条件なのである。(P392)








 (備考)

「古典」とは何かということはときどき目にするが、何か昔の古いものですぐれたものくらいの捉え方が一般で、吉本さんのように捉えたものにわたしはお目にかかったことはない。



項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
63 「言語にとって美とはなにか いま文学に何が必要か 論文 「模写と鏡」1964.12.5 吉本隆明全著作集4 勁草書房 1969/04/25


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沈黙の有意味性
項目抜粋1
@

だいたい即席言語論で、「言語にとって美とはなにか」のあらをさがそうなどというのは太すぎる話である。わたしは、この文学理論を草稿するまでに、二年間、言語についてかんがえ、わたしなりの言語のイメージが浮かびあがるまで、けっして筆をとらなかった。(P400)


項目抜粋2
@

わたしたちが言語の表現の理論が必要であるとかんがえたとき、じつは
<沈黙>の有意味性を包括することが必要であるとかんがえたので、べつに認識と表現の関係がもとめられたわけではない。<沈黙>の有意味性の世界にとっては、いわゆる言語学者はたんに公営の清掃人という比喩的な意味しかもちえないが、言語論そのものにとっては未開の海溝のように暗い光を放っている世界である。
  「沈黙の有意味性について」、吉本隆明全著作集4(P444)






項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
64 近親相姦のタブー きんしんそうかんのたぶー 性についての断章 論文 「人間の科学」1964.5 吉本隆明全著作集4 勁草書房 1969/04/25 吉本隆明全著作集4文学論T



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反作用 「構造」としてみる
項目抜粋
1
@わたしのかんがえでは、<性>についての心的な関係と自然的な関係とのある程度の完全な分離と矛盾と葛藤とは、単一婚の成立後にはじめて、長い過程をへて可能となったのである。それにいたるさまざまな過程において、これらの分離はしだいに形をとりはじめた。なぜ<近親婚>または<近親相姦>が、禁制(タブー)となりえたか?
 はじめに、集団婚以前の段階で、親と子の<性>的な関係と、兄弟姉妹のあいだの<性>的な関係は、もちろん、まったくありふれたことであった。これについてのエンゲルスやフロイトの考察は、すべて是認されてしかるべきものである。しかしながら、このような近親のあいだの<性>的な関係は、それが社会的協働の場でも、休息と睡眠の場でも、もっともはじめに<意識>にとって、自然的関係に転化する契機をもつものであった。それゆえに、もっともはじめに、じっさいの<性>行為のなかから一対ずつの男女にとって、抽出されて禁制(タブー)に転化されたのである。この禁制(タブー)こそは、意識が意識にとって<自然>になってしまったものを観念のなかに対象化することによって人間的な実存の「構造」を獲得しようとする最初の契機であった。そして、この近親のあいだの<性>行為の禁制(タブー)が、他のどのような観念の対象化ともちがっている点は、それが男性と女性との一対の関係のあいだからしか生成しえないという点にあった。いったん禁制として観念を支配しはじめるや否や、逆にそれは自然としての<性>行為をますます強固な男女の一対のあいだの単一婚たらしめる
反作用を及ぼさずにはいなかった。 (P427-P428)

Aこの禁制は、心的な対象化として、たしかに社会の高度化とともにエンゲルスのいうように、親子や兄弟姉妹の関係から、血縁関係のすべてに拡大されてゆく。(P428)

項目抜粋
2
B親子や兄弟姉妹をふくめた部族の集団婚から、類としての人間が、しだいに近親相姦を禁制(タブー)として抽出してゆく過程は、人間にのみうみだされた固有の方法を意味しているが、これはエンゲルスのいうように社会的な関係としての<性>の関係の歴史でもなければ、フロイトのいうように「リビドー」としての<性>的な本能力から「自我本能」が生みだされてゆく過程でもない。
 わたしたちが、この類的な人間に固有な<性>的な関係の本質としてみているのは、<自然>としての<性>から、<存在>としての<性>へと抽出されてゆくときの「構造」に外ならないといえるのである。
 これを
「構造」としてみるというわたしの方法意識からは、どのような結論が導きだされるとしても、つぎのことだけは自明である。
 この「構造」は、究極的には、瞬間的にあるいは生涯にわたって持ちこたえられる一対の男女の間の関係にのみ本質的な根拠をもち、この個々の一対の男女がある時代のある支配のなかに存在するという意味で時代的な、そして個性的(複数の)な刻印をうけること。またもし、このばあいに個々のという意味を、生活環境、階層のちがいという面から理解するならば、ほとんど無限の恣意としてばらまかれて存在していること、などである。(P431-P432)




項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
71 <家族>の本質 かぞくのほんしつ 個人・家族・社会 論文 「看護技術」1968.7 吉本隆明全著作集4 勁草書房 1969/04/25 吉本隆明全著作集4文学論T


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<他者>と出会う根源的な場面
項目抜粋
1
@ところで、人間が人間らしい条件とはどういうことなのか。・・・・わたしたちにはっきりしているのは、人間は<個人>であったり<家族>であったり<社会>であったりしながら存在しているということだけである。(P454)

A<家族>が人間にとって本質的な点があるとすれば、それが<個人>としての人間がはじめて<他者>と出会う仕方だということである。ひとりの人間は<他者>と友人として出会うこともできるし、同僚として出会うこともできる。また、親子や兄弟姉妹として出会うこともできる。しかし、これらの出会い方の原型をなすのは、<性>としての人間、いいかえれば男性または女性として<他者>と出会うということである。<家族>は、<個人>が<性>としての人間というところから<他者>と出会う根源的な場面を意味している。
 それゆえ、<家族>の本質は、自然的な<性>行為をもとにして成り立つ男女の対(ペアー)となった幻想の共同性であると定義することができる。(P456-P457)

項目抜粋
2



項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
77 原理 げんり 戦後思想の価値転換とは何か 論文 「現代の眼」1964.2 吉本隆明全著作集13 勁草書房 1969/07/15 吉本隆明全著作集13政治思想評論集


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戦争期の教訓 戦争責任論以来の一貫した立脚点
項目抜粋
1
@わたしが、いま、かれらとの全思想闘争において転倒しようと試みているのは、まさに、<好み>の論理を<党派>性のごとく装ってきたスターリン官僚主義の残渣であるといえる。・・・・わたしが、かれらとの思想的なたたかいにおいて、かれらの官僚主義的な<先験性>の残渣を転倒しようとする原理は、さきの要約に対応していえば、つぎのようにあらわすことができる。
 ひとつは、現在にいたるまでの人類史のすべての価値創造を、人間史のなかの表現の連続性としてとらえることである。
 他のひとつは、現在の情況の総体がわたしたちに強いる切実な現実上の課題をこの価値創造の連続性のうえに位置づけることである。
 したがって、現在、わたしたちが創造すべき価値、あるいは創造せられた価値(文学・芸術・哲学)は、これをイデオロギーや人間学に還元するために存在するのではなく、絶えず現在を止揚するために全存在をあげて接近し、人間史の表現の連続性と、現情況の根源的な課題とが交わる切点に位置づけるために存在するものにほかならない。わたしたちは、還元せずに、いわば、その切点がしめす課題を見出すために、逆にそれに接近しようとする。(P172-P173)

Aすべての文化は、文化については物言わぬ大衆を基盤にして立ち、それらの大衆にたいして責任をもつもので、文化現象のなかに集まってくる文化的な大衆を選択したり組織したりするものではないというのは、わたしが戦争期の文化人の在り方の無惨さを、いわばひとりの知的大衆として眺めたことから得た、もっとも本質的な教訓のひとつであり、戦争責任論以来の一貫した立脚点である。
 (P181)
項目抜粋
2





項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
80 国家 こっか 自立の思想的拠点 論文 「展望」1965.3 吉本隆明全著作集13 勁草書房 1969/07/15 吉本隆明全著作集13政治思想評論集


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対応性
項目抜粋
1
@国家は国家本質の内部では、宗教を起源として法と国家にまで普遍化される観念の運動のつくりあげたものであり、この本質の内在性は、社会の経済構成の発展とは別個のものとして、ただ巨視的な尺度のうちで対応性が成り立つものとみなすわたしどものかんがえは、言語本質の内在性を自己表出とみなす言語思想と一致している。そしてこの考察は、言語を指示性・コミュニケーションとしてみるべきではなく、言語本質の内部では自己表出であり、その外部本質では指示表出であるような構造とみなすことをおしえるのである。
 国家は国家本質の内部では、種族に固有の宗教がさまざまな時代の現実性の波をかぶりながら連続的に推移し、累積された共同的な宗教の展開されたものであり、国家本質の外部では、各時代の社会の現実的な構成にある仕方で対応して変化するものとかんがえることができる。
  (P273-P274)
項目抜粋
2





項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
82
「現実」 げんじつ 情況とはなにか 論文 「日本」1966.2-7 吉本隆明全著作集13 勁草書房 1969/07/15 吉本隆明全著作集13政治思想評論集


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観念の水準と位相
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1
@わたしたちが「現実」とよんでいるものは、「幻想」を媒介にして認識された事実であるか、行為によって生まれた「幻想」であるか、のいずれかである。それ自体が観念の水準と位相を想定される言葉である。(P351)
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90 原則 げんそく 文学と思想(江藤淳との対談 対談 「文芸」1966.1 吉本隆明全著作集14 勁草書房 1972/07/30 吉本隆明全著作集14講演対談集


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大衆として加わる
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1
@たとえば文学者なら文学者として、政治運動をすることはできないというふうに思うわけです。
 だから、政治運動なら政治運動、大衆運動なら大衆運動というようなものに加わるとすれば、僕は文学者として加わることはできないのであって、やはり大衆として加わるというふうになるわけです。これはどの場合でもそうですけれども、安保闘争の場合でも僕は原理的にそうしてきました。一人の肉体をもった大衆であるとして振舞ってきました。イデオロギー、あるいは思想として、政治的な指導を行なっているものよりも、自分のほうがよりよき認識をもっているであろうというふうな場面に至っても、大衆として振舞うことを逸脱しまいというのが僕の原則でした。(P441)

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2






項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
92 国家の初源的な形態への転化 こっか 現代とマルクス 講演 1967.10.12中央大学 吉本隆明全著作集14 勁草書房 1972/07/30 吉本隆明全著作集14講演対談集


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対幻想が国家形態の原始的な形態と一致する地点 空間的な拡大
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1
@ところで、すべての経済的範疇が幻想的範疇をかならず疎外するように、人間の自然な性的行為あるいは性的関係というものは、かならず幻想性を疎外します。それをぼくの言葉でいえば、対幻想というふうに名づけます。そうしますと、エンゲルスのように集団婚段階を想定し、そして家族形態が部落大に拡大していくというようなことをおもい描かなくてもすんだわけです。

Aそうしますと、対幻想(ここでいう家族形態)が国家形態の原始的な形態と一致する地点は、論理的にどういうふうに求められるかといいますと、これは幻想性の問題でいえば、対幻想がどうして共同幻想と一致するかという問題として提起されます。(P166)

Bそして、家族の対幻想のなかで共同幻想に同致しうる可能性をもつ関係はなにかというふうにかんがえていきますと、それは兄弟と姉妹との関係なんです。つまり兄弟と姉妹という関係だけは、ある程度、さきほどの言葉でいえば、空間的な拡大というものに耐えうる関係なんです。その関係は、自然の性行為をともないませんから、ある意味ではあわい関係で、幻想性としてはあわい対幻想なんですけれども、しかし、そのあわいということが逆に地域的な拡大に耐え、それからある程度永続性に耐えるというようなことがかんがえられます。父母のあいだの対幻想は、父母が死滅すればなくなってしまいます。それから、兄と弟における対幻想が想定されるとすれば、それは父親と母親の世代がなくなったとき、だいたい崩壊してしまうわけです。ところで兄弟と姉妹との関係というのは、ある程度永続性をもっています。たとえば姉妹が夫をもち、兄弟が妻をもちというような立場になった場合でも永続性があります。だから、対幻想がどういう形でかしらないけれども、共同幻想にあたうかぎり接近しうる可能性をもつとすれば、兄弟と姉妹との関係しかかんがえられないわけです。
  (P166-P167)

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2
Cいわゆる母系制の社会ではおなじ母親からでた姉妹の系統というものが、家族の基本的な系統とみなされます。それにたいして兄弟というものは、母親にたいする実際的な親愛感か、あるしは宗教的な崇拝感かということはべつとしまして、おなじ母親をもっているということにおいては、姉妹とおなじ意識をもつわけです。しかし、空間的には、ひじょうに離れ離れとなりうるわけです。ただおなじ母親であるということ、つまり同胞だということにおいて兄弟と姉妹は結合します。・・・・兄弟と姉妹というものは、あたうかぎり、空間的な拡大にたええます。つまり共同幻想にあたうかぎり接近しうるのです。・・・・そういうふうにして、おなじ母親をもった兄弟と姉妹との対幻想の関係が、ある程度永続しうるということをテコにして、家族形態は、部族共同性(いいかえれば国家の初源的な形態)に転化してゆく最初の機縁をもちます。  (P166-P167)

【琉球の久高島のイザイホウという祭りにふれて】
Dそういう神事が象徴するものはなにかといいますと、姉妹が、神権あるいは宗教権を獲得しているところでは、その兄弟が政治権力を獲得するということなんです。つまり、その儀式の意味というものは、要するに女性の系統が、共同的な宗教神事に参加することによって、神からえられた資格を獲得して、兄弟と、契約かなんかわかりませんけれども、そういう関係の表象行為が行なわれたときに、その神事が終わるということなんです。だから、姉妹が神権を獲得したときには、たいていその兄弟が現世的な権力を獲得するわけです。(P168)



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93 国家の初源的な形態への転化 こっか 現代とマルクス 講演 1967.10.12中央大学 吉本隆明全著作集14 勁草書房 1972/07/30 吉本隆明全著作集14講演対談集


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農耕社会以前
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Eそしてこの神事はどこまでさかのぼれるかといいますと、だいたい日本というのはみな大なり小なりそうなんですけれども、島ですから、男性は海岸にでて漁にゆく。そして女性はだいたい雑穀を栽培している。つまり水稲稲作という農耕社会に移行する以前のところまでは、いまのこっている形態でさかのぼることができます。だから、そういう意味では、日本の天皇制国家は、農耕権力からはじまっていますから、すくなくともそれ以前の形態にまでさかのぼることができるわけです。(P169)

Fそうしますと、家族形態が、兄弟、姉妹というような形で空間的に拡大されていった場合、どこまで拡大されていくのだろうか。つまり、国家のところまで拡大されていくのだろうかというような問題があります。ところが、そこにどうしても限界があります。血縁的な集団(兄弟、姉妹の関係)を拡大して、氏族共同制のところまではいけるけれども、氏族制が血縁集団であるかぎり、統一国家あるいは統一社会となりえないわけです。これは血縁集団が、またちがう血縁集団を想定しなければ、統一国家あるいは統一社会ができませんから、血縁集団が空間的に拡大される極限は氏族制というものにとどまります。・・・・それは血縁集団の限界線から部族制へ転化するところには、ひとつの断層つまり位相のちがいがあるということなんです。(P170)

G種族によって、血縁集団的な意識が強大に残存しているところもあります。日本なんかもそうだとおもいます。そういう種族もありますし、それからそういう要素はきれいさっぱりなくなってしまっているというような形で国家が形成されていったところもあります。そういう意味でいえば、国家は極端にいえば地域ごとに実体構造がちがうといえるくらいにちがうわけです。だから、こんなものを統一的、理論的に把握できるとかんがえたらおおまちがいで、もし、統一的、理論的把握をしたいならば、経済的範疇からのみ問題をかんがえてはだめで、経済的範疇は、かならず幻想的範疇を疎外するということをはっきり考察し、そういう抽象度で、国家哲学、国家論をかんがえていかないと、普遍的な意味での国家理論は、形成されないということがわかります。(P171)

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H日本の国家というものが戦争中まで、家族国家なんていわれた理由は、氏族制的遺制というものが、うんとのこっていたということです。なぜのこっていたかというと、だいたい離れ島だからでしょう。そして、日本の離れ島というものをかんがえる場合には、本州、本土というものは比較的新しいというふうにかんがえたほうがいいということです。南と北というものは、古いっていうことです。だから、農耕社会以前のところまで、この問題はさかのぼることができるのです。(P172)





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94 国家の初源的な形態への転化 こっか 現代とマルクス 講演 1967.10.12中央大学 吉本隆明全著作集14 勁草書房 1972/07/30 吉本隆明全著作集14講演対談集



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ある抽象度 経済的範疇
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@家族の対幻想の共同性というものは、氏族制という段階で、国家の起源にどうしてもゆかない断層をもっています。法律学者の言葉でいえば、血縁というものにたいして、地縁の共同性というものを基盤とする形が結成されないかぎりは、国家そのものの共同性には移行しません。つまり血縁集団が当面する壁は、だいたい氏族制でとまっちゃうということがいえます。だから、この氏族制の遺制が、どれだけ強大であるか強大でないかということが、それぞれの種族国家の権力のメカニズムを決定する要因となりうるわけです。いってみれば、現在存在する各国家ごとに、それぞれの国家権力の絶対的な構造というのはそれぞれちがっているだろう、ということがかんがえられるわけです。その問題は、経済的範疇からなんでもでてくるというような形で、いくら微細にやったって問題が解けることはありえないのです。経済的範疇というものは、ある抽象度でしか法則性が抽出されません。この抽象度は人間の全現実性というものと全幻想性というもののなかで、経済的範疇がもっている抽象度の位相が考察されていなければ、とんでもないまちがった結論に導かれるだろうということがいえます。
 そういうことがマルクスとエンゲルスのちがいなんですよ。マルクスは、心得たひとですからね、あぶなっかしいことはちっともいわないわけなんです。本質的にいえば、国家は共同的な幻想である、とそれだけのことしかいってないんです。・・・・国家は種族ごとにちがうといってもいいくらいちがいます。つまりそういうところが、マルクスがほんとうにすぐれているところなんです。つまり心得ているわけです。じぶんが経済的範疇を扱っている場合には、この範疇が全範疇のなかでどういう位置をしめるか、ということをよく心得ているわけです。だから、けっしてあぶなっかしいこと、これ以上は実証もあがるけれども、反証もあがるにちがいないとおもわれるようなこと、そういうことについて、あえて法則性なんてものをつくりあげようというようなことをしないわけです。もし段階的な法則性をつくりあげようとする場合には、ある確定した抽象度をはじめっから想定して、そこで法則性をかんがえるわけです。それがたとえば「資本論」というものの構造なわけなんです。 (P174-P175)


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A「資本論」というのはぼくのかんがえでは基本的にまちがっていないとおもいます。なぜかといいますと、たとえば抽象性あるいは経済的範疇の位相性というものを、もしとりはずしてしまえば、やっぱりそうとうちがうことになるわけです。たとえば甲なる人間の一労働時間と、乙なる人間の一労働時間とはおなじであり、そこでは時間が問題なんだというわけです。しかし、ほんとうはそんなことはないんです。たとえば甲が勤勉で働くことが好きなやつであり、乙が怠惰でなまけものであったら、おなじ一労働時間でつくられた生産物の量も質ももちろんちがうわけです。つまり現実的範疇ではちがいます。しかし、これをおんなじだとみなすことができるのは、そこに、ある抽象度というものを想定しているからです。経済的範疇の全範疇における位相というものをよくとらえているからなんです。だから、たとえば甲という人間の一労働時間という場合には、まったく自然時間の一労働時間なんです。それ以外のニュアンスはなんにもないんです。しかし現実的にかんがえれば、つまり個人幻想というものを考慮にいれますと、ある人間にとって、ある条件のもとでは、一時間働いたというのに三十分しか働いたような気がしないこともありますし、一時間働くのに、たとえば<おれ十時間くらい働いた>というような感じになるときもあるわけです。つまり、意識の時間というようなものを考慮にいれますと、まったくちがってきます。しかし、それは捨象することができるということ。経済的範疇でかんがえた場合には、それをひとつの法則性において、内的構造においてとり扱う場合には、それは捨象することができるということ。そういう経済的範疇の抽象度というものがよくつかまえられているから、まちがわないわけなんです。だから、ひとつの法則性を導きうるわけです。もしこの範疇をとっぱらってしまったら、そんなばかなことはないえるはずがないというふうになります。甲と乙とはまるでちがう、能力もちがう、なにもちがうていうふうになってくるわけです。そういう抽象度で経済的範疇がかんがえられているということ。偉大だというのはそういうことなんです。・・・・これ以上いったらあぶないということ、つまり法則的にはいえないぞというような範疇は心得ていなければならない。それから、もし思想あるいは原理というものをかんがえていく場合には、こういう抽象性と、全人間の観念の生みだした世界における位相というものが、はっきりとつかまえられていないと、しばしばまちがうことがありえます。
  (P175-P176)




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101 幻聴 げんちょう 人間にとって思想とはなにか 講演 1967.11.21国学院大学 吉本隆明全著作集14 勁草書房 1972/07/30 吉本隆明全著作集14講演対談集


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過程を分解したときにおこる過程
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@つまり、各感覚器官における受けいれの了解作用のメリットにおいてなにがちがうのか、要するにそれは空間化の度合がちがうということ。つまりいいかえれば、自己抽象づけというものあるいは対象抽象づけというものと対象関係づけというものの度合がちがうんだ、そういう空間化と時間化の度合がちがうというふうに人間の感覚器官の差異というのは還元されます。 
 それでもうひとつ問題となるのは、
耳と眼というのは特異な位相をもっているんです。(P304)

Aけれども、人間の眼と耳というやつは、対象の受けいれの空間化という、即座にといいますか即時的にといいますか、即時的に時間構造として意識するということができるわけです。つまり、ほんとうは空間化がありそして時間化があるというのが、いわば過程を分解したときにおこる過程なんですけれども、ところが視覚と聴覚というやつは、空間化を時間化し、空間化という受けいれのところでそれを時間的構造とすることができる作用をもっているのです。それは聴覚の場合はなおさらそうなんで、つまり聴覚のほうが高度だと、そういう意味では高度だというふうにかんがえることができます。耳も同様に、ほんとうは空間化にすぎない受けいれというやつを、本来的な了解というものとはべつのところで、即時的に時間的構造へ転化しうる。だからほんとうは受けいれにすぎない、発端的にすぎないんだけれども、それはいわば擬似的な了解と感ずることができるという作用を眼と耳とがもっていいます。(P305)

Bたとえば精神病者になると、
幻聴というような現象があるわけですけれども、幻聴ということが可能なのは、聴覚が空間化というものを即時に時間構造に転化しうるわけです。そうするとそれ自体で、ほんとうはじぶんの外側にある対象なのに、空間化を即時に時間構造に転化しうるために、これ自体がじぶんの心的な内部で、これ自体が対象としての、つまり外界にある対象と同じように対象としての条件を具備してしまうわけです。必要充分な条件を備えてしまうわけです。だからこれ自体が対象になって、それでまたこれ自体を空間化し、そして時間化することをやらざるをえない。 (P306)
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102 共同幻想の飛躍と断絶 きょうどうげんそう 幻想としての国家 講演 1967.11.26関西大学 吉本隆明全著作集14 勁草書房 1972/07/30 吉本隆明全著作集14講演対談集


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法的な概念 天津罪という概念と国津罪という概念
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@そこからはまた国家をどういうふうに定義するかという問題がでてきます。その場合、統一的な部族社会が成立したとき、いいかえますと、すくなくとも家族形態を基盤にする、つまり血縁を基盤にする共同性じゃなくて、血縁以外のもの、たとえばそれは土地所有なんですけれども、土地所有なら土地所有を基盤にする統一性をもった部族社会が成立したときに、われわれはそれを国家というふうにいうわけなんです。・・・・そうしますと、だいたい統一的な部族社会が形成されたとき、わが国だったら、いわば農耕的な社会にはいってきているわけです。ここではなんらかの理由で、稲作を基盤にした農耕的な社会が形成されてきたわけです。そこではじめて国家というふうによぶことができるわけです。  (P324-P325)

Aそうしますと、前氏族的な段階における国家の共同幻想性というものと、こういうふうに想定される統一部族的な社会における共同幻想性というものとはどういうふうにして移りかわっていくのかということがひとつの問題になります。前氏族的なあるいは氏族的な社会から統一部族的な社会へ転化するという観点は、経済社会的な範疇でとらえていけば、発展形態であるわけですけれども、幻想性の問題として、つまり、国家の起源をなす本質というものとしてかんがえていった場合には、けっしてたんなる発展性ということがいえないことがわかります。その場合どういうふうにして発展するかが問題になるわけですが、そこではじめて法というものと道徳というもの、倫理というものの問題が生まれていくとかんがえられます。
 未開社会の法はだいたいぜんぶ刑法からはじまるわけですけれども、日本における法の古い形態はなにかといいますと、それは天津罪というふうにいわれているのと国津罪というふうにいわれているものがあります。これはすくなくとも日本の国家段階に移行するばあいの最初の法的な概念なのであって、天津罪というのは、農耕に関する共同性への侵犯であり、国津罪というのは婚姻法的なものを中心にして呪術的な要素が加わったものです。(P325)

B天津罪という概念と国津罪という概念が要するに古代法というものの問題になってくるわけですけれども、この法の問題がはじめてでてあらわれてくるのは、前氏族的なあるいは氏族的な段階における社会の共同幻想から、統一的な、すくなくとも部族社会へ転化する場合、いわばその転化の時点でこのふたつの範疇の罪の概念、したがって刑罰の概念というのがはじめてでてくるわけです。その場合にたしかにいえることは、この天津罪という概念に属するものは、より高度な法的な表現であるということなんです。つまり高度な段階における法的な表現であって、その前段階における共同幻想の法的な表現は、だいたい国津罪という概念に属するものであるというふうに想定されるわけです。いわば自然的範疇に属する罪という概念がすべて国津罪なんです。そうすると前段階におけるものが国津罪という概念であり、またそれにたいする罰ということなんで、それからもうひとつ段階がすすんで、いわば農耕社会の成立段階というような問題になったときに天津罪という概念に属する共同幻想の法的な表現というのができあがったとかんがえられます。ここで問題になるのは、前段階における共同幻想性と発展した段階における共同幻想性というものとはどんなかかわりあいかたをするかということです。 (P325-P326)

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C法的な表現でいいますと、まず国津罪、天津罪というような概念のわけかたができたのはわりあいあとのほうなんですけれども、「古事記」のなかにはだいたい両方を混交したような、農耕法的な罪概念と自然的カテゴリーに属するような罪概念との混交したものがはじめにでてきます。そのほうがより古い段階でかんがえられた罪の概念だというふうに想定するとすれば、天津罪という概念に属する農耕法的な段階が、いわば後段階であり、前段階が国津罪の概念に属する、そういうような共同幻想の段階だったということがかならずしもいえません。ほんらいならば、その前段階において存在したのは、いわば農耕的な侵犯に属する罪概念と、自然的カテゴリーに属する罪概念との、ふたつを混交したものを、前段階における共同幻想というものはもっていただろうとかんがえることができます。そして、それがつぎの段階にいわば農耕社会、つまり稲作みたいのを主体にする農耕社会に転化したときにどういう転化の仕方をするかといいますと、前段階がもっていた農耕法的な要素は、いわばあとの段階、発展した段階における共同幻想の法的な表現としてとりこまれていくわけですけれども、たんなるとりこまれではなくて、それをとりこむにさいしては、農耕法的なものでなくて自然的なカテゴリーに属する罪概念というのを、家族集団をしばる風俗とか風俗的な習慣とか、それから家内信仰的なものとか、あるいは宗教的な慣習とか、そういうような位相に蹴落とすことによって、農耕法的な要素だけは発展した段階において採用されていっただろうとかんがえるのが自然であります。そうしますと、採用された結果としてでてきたものが、すこし時代を下ってから天津罪という概念と国津罪という概念にわけられたとかんがえられます。・・・・つまり、国津罪というのは前段階に属し、天津罪というのはあとの段階に属するというような、そういうことではなくて、ほんらいは両者を混交したようなものが、いわば前段階の共同幻想の法的表現としてあり、そのなかの農耕法的な要素というのはつぎの段階に包括されていき、そして包括される過程で、それ以外の要素、がんらいが自然的カテゴリーに属する罪と罰意識というのは家族集団を規制する、いわば法以前の習慣みたいなものに落とされたことが想定されます。(P326-P327)




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103 共同幻想の飛躍と断絶 きょうどうげんそう 幻想としての国家 講演 1967.11.26関西大学 吉本隆明全著作集14 勁草書房 1972/07/30 吉本隆明全著作集14講演対談集


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道徳の発生 法、清祓と刑罰
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Dもうひとつ問題になるのは、道徳という問題はどこでどういうふうに発生するかということなんです。個人の内部を律する道徳律みたいな、つまり内面的な格率みたいな形で道徳というのが発生するのではもちろんなくて、道徳の最初の発生形態はどこにあるかといいますと、前農耕的な段階における共同幻想というものがつぎの農耕的な段階における国家の共同幻想へ転化していく、その過渡の問題としてはじめて共同的にでてくるということです。だから、けっして個人を律するものとして、個人の内面律として道徳がでてくるのではなくて、つまり前段階における共同幻想性というものが、発達した段階における国家の共同幻想性へ転化していく最初の過程における、いわば矛盾というようなものとして道徳の発生がかんがえられます。
 日本の神話のなかではスサノヲというのが、やっぱり道徳の発生についても象徴的に仮託された人物です。  (P329)

Eスサノヲは、前氏族的な段階における、あるいは未開な段階における統治形態の現世的な担い手というふうに規定されながら、しかもそれがつぎの農耕社会、つまり農耕社会における共同幻想に結びつけられています。つまりこの共同体の転化をがえんずるかがえんじないかという問題に結びつけられたときに、倫理の問題あるいは道徳の問題というのが象徴的にでてくるわけです。だから、神話の一人物、人格というのはべつに個人ではないという意味だけじゃなくて、まさに共同幻想の展開していく段階における、いわば過渡的な矛盾というようなものとして、はじめて倫理の問題、あるいは道徳の問題というものが発生していることがわかります。だから、最初の統一部族的な共同幻想というもの、いわば国家というものをかんがえる場合に最初にでてくる問題は、法の問題、それから個人の内面律としてじゃない、共同幻想対共同幻想の問題としての道徳の問題であるということができます。(P330)
Fそれでこんどは、いったん統一部族社会、つまり国家の形態にはいったところの法というものが、そのなかでどういう問題をはらんでいくかということが問題になります。こういう段階における天津罪とか国津罪といわれている農耕法的なもの、あるいは自然的カテゴリーに属する刑罰、いわゆる罪罰概念というものですけれども、そのなかにはふたつあるわけで、ひとつはあきらかに罪を犯したならば罰を受けるという概念なんですけれども、・・・・つまり刑罰を受けて、そのうえで追放されるというふうになっています。もうひとつは、文字とおり刑罰行為じゃなくて、なんといいますか、清祓といいますか、祓い清めによってなんか罪が解消されるという概念が、最初の法的な概念に移行する場合にあらわれてきます。(P330-P331)


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G清祓の場合には、なにが共同体にたいして支払わされる物件に相当するかといいますと、けがれというふうにかんがえられているもの自体が相当するわけです。それはまったく幻想なんですけれども、けがれを祓うということは、物件を代償するということとおなじ概念になります。つまりけがれたものが物件に相当するわけです。つまり具体的、現実的な法における刑罰に、ちょうど祓い清めという概念が該当するわけです。それは法と宗教の中間にある概念ですけれども、その中間にあるがいねんではけがれたとかんがえられているそのものを身体からはずしてしまうので、けがれが刑罰における物件に該当するわけです。・・・・だから、もし宗教から法へ転化していく場合の転化の仕方において、法的な概念が、いわば刑罰というものと、それから清祓ということからなっているとすれば、この祓い清めの概念はなんか法と宗教の中間にあるようなもので、法というものを、たとえばそれは権利義務の問題であるというふうにかんがえるならば、祓い清めにおいてけがれているというふうに未開社会で感じられているものが物件というものに相当していくわけです。(P331)

Hもちろんこのふたつが分離されてゆく仕方もしだいに明瞭になっていって、刑罰概念というものは、たとえば政治の現世的な権力というものに結合されていくわけです。刑罰概念というのは一般に宗教的な概念をどんどんはずしていった場合には、権力概念のなかにそれ自体がどんどん吸収されていきます。吸収されていって、まさにそれは、法というものは権力自体の表現だというふうに、つまり権力自体の意志表現だというふうに転化してまいります。この罰則概念は最初は物件を補償し、それで追放されるというような形で存在しますが、その侵犯自体の意味が他人にたいする、他の田んぼにたいする侵犯というような概念から、権力自体のなかに吸収されて、共同幻想にたいする侵犯というような形になって、この関係は、ひとつの垂直的な概念に転化していくわけで、それ自体が、刑罰概念、補償概念というものをどんどん権力意志そのもののなかに吸収され、権力構成自体に転化していくようになります。(P331-P332)






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104 共同幻想の飛躍と断絶 きょうどうげんそう 幻想としての国家 講演 1967.11.26関西大学 吉本隆明全著作集14 勁草書房 1972/07/30 吉本隆明全著作集14講演対談集


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I統一部族国家の成立というものが、現在邪馬台国論というような形ででてきているわけですが、この場合日本列島全体あるいは九州を統一しているかどうかが問題なんじゃありません。国家の最初の概念は、すくなくとも共同体というものがなんらかの形で血縁的な共同体の段階から離脱したときに、はじめて国家というふうにいえるということが問題なのです。国家の起源ということは、日本列島を総轄する単一な国家の成立ということとも、九州に邪馬台国連合が成立したということともちがうわけです。そこで、法の問題がどういう形であらわれるかというようなことが問題になり、それから法というのはどういう形で、いわゆる刑罰行為、それから清祓行為というものを吸収していくか、とりいれていくかということが問題になってきます。共同幻想というものがどう移っていくかという問題はどうしても本質的には法というものではかるよりしかたがないわけで、法というものはどういうふうに移っていったかということが問題になってくるわけです。法がそれ自体権力における意志であるというふうに転化しうる要素は、法的な概念、侵犯の概念が垂直性に転化されてふくらんでいくところにあらわれます。 (P333)

Jこれはべつに起源国家の問題だけではなくて、日本の近代国家というような場合、つまり近代天皇制というような問題についてもいえます。・・・・だから、明治維新論というようなものをやる場合、明治維新とはなんだというようなこと、どういう革命の成就であり、また挫折であったかというような問題をかんがえる場合にも、やはりいっぽうではどうしても、たとえば前段階における幕府法と諸藩における法との関係はどうなっていて、その法的な表現が、明治の統一近代国家というようなものによってどういうふうに転化していっているのかというようなことを具体的にせめていかないと、明治維新というものの性格がほんとうにはわからないんだということなんです。(P334)

Kだいたい国家の起源なんていうのは、もし原則性がよく把握されていないと、みてきたようなうそをいいというようなことになってきちゃうわけです。たれもみてきたものはいないわけですけれども、みてきたようなうそをいいというようなことを免れる唯一の方法は、実証的データがとり揃えられる段階がくるということ。もうひとつは、原則的な、原理的な意味で幻想性にたいする正当な把握がなされるっていうこと。そういうことが重要であります。(P335)

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105 関係の絶対性 新約的世界の倫理について 講演 1968.11.9フェリス女学院大学 吉本隆明全著作集14 勁草書房 1972/07/30


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人間の共同的な関係のなかで存在する仕方 個々の人間の存在は共同性自体と必ず逆立する
項目抜粋
1

【芥川龍之介の「西方の人」や太宰治の「駈込み訴へ」の福音書理解にふれて】
@

いずれがより正当であり、いずれがより不当であるかというふうにかんがえられたとしても、根本的な、決定的な問題というのはそういう立場性というものの中の倫理からは出てこないのです。そういう場合に絶対的な倫理の基準というものはどこから出てくるのだろうかとかんがえていきますと、その当時わたしは、人間と人間との関係の絶対性というものが基準なのであると表現したとおもいます。人間と人間との関係の絶対性というのはなんなのかといいますと、それは人間と人間との関係の本質と置きかえれば、ややわかりやすくなるとおもいます。つまり人間と人間との関係の本質というものを決定しているものは、決して倫理でもなければ、立場でもなく、もっと客観的なものである。客観的なという意味は、科学的なという意味ではなく、人間の倫理というもの、あるいは反倫理というものが手の届かないところに人間と人間との社会的な諸関係を規定している本質があるので、その客観性がたとえば科学のように数字であらわされるとか、計量できるということではないにしても、そういう人間と人間との関係を本質的に決定しているいわばひとつの客観性というようなものをかんがえますと、その客観性というものはすくなくとも人間の倫理、あるいは倫理思想というようなものが到達できないもの、つまり倫理思想とはおなじ次元に属さないものではないかとかんがえていったとおもいます。だから、立場的倫理、つまりある立場、べつの立場というかたちでかんがえる倫理というものはいずれも相対性にさらされるということができます。つまり、その立場に立てば善とも悪ともいえるという面を必ず免れないものなのですけれども、もし人間の本質的な意味の立場とか、本質的な意味の関係というものを決定するものがあるとすると、それはひとつの客観性であって、その客観性というものは測ることはできないとしても、人間の倫理思想というもの、つまり善悪の基準が決して届かない次元にあるものではないかとかんがえることができます。(P369)


A

たとえば福音書の倫理がなぜ世界性をもったかということは、先程から述べているように、社会倫理、つまり古代でいえば部族倫理なんですけども、社会倫理であり同時に人間の内面倫理であるというような両端にまたがる戒律があるとすると、その戒律をどこまでも内面的な意味で拡大していって、社会倫理としての性格をどんどん捨てていく、その代わり、人間の内面を支配する倫理という意味ではどこまでも浸透していくという福音書の倫理的性格のなかに普遍性を獲得していく基盤があったということができるとおもいます。つまりそういう問題が福音書の世界に非常に特異な問題なのであって、その特異性というものがいわば普遍人間性というふうにいえるところまで、原始キリスト教の倫理に世界性を与えた基盤であったということができます。福音書の世界は、もちろん神話の世界ではないわけです。つまり神話的性格というのはあまりありません。旧約には神話的性格があるわけで、だから部族社会と結びついた特性がありますけれども、新約書の世界には、神話的要素はほとんどないといっていいとおもいます。(P370-P371)



項目抜粋
2

B

もちろん、福音書の伝記、あるいは言行録としての性格というのも、あまりもっていません。そういう意味で非常に矛盾しているし、また架空であるわけで、その点では、伝記的な条件、つまりひとりの教祖の生涯と言行録というような意味の条件ももっていません。
 福音書の世界がもっている条件は、いつに福音書自体が表現している倫理性、つまり倫理的な世界というものにかかっています。それ以外の要素は、たとえば伝記的な要素としても、また神話的な要素としても完全にその条件をもっていないとおもいます。(P371)


C

その客観性は、社会とか国家とかいうような、人間の共同的な関係のなかで存在する仕方ということなのですが、共同社会、つまり共同性の中で個々の人間が存在する存在の仕方は、すこしも倫理的な問題ではないのです。そこでは、人間は倫理的なものによっては規定されてはいないのです。もし人間が共同社会の中で共同的な関係の中に置かれていく場合に、宗教なり、その他の倫理というものがそこに入りこめるとすれば、その中の個人個人の内面的な戒律、内面を律する戒律という意味以上には倫理というものは入りこむことはできません。そういう共同社会の共同的な関係の中の個々の人間というような場面は、いわば倫理というものが届かない世界というふうにいうことができます。
 倫理が届かないとすればなにがその世界を律するか、というふうにかんがえていきますと、それはたったひとつの関係の仕方なのです。つまり共同社会における個々の人間の存在というものは、共同性自体と必ず逆立するということです。つまりそういう関係の仕方だけが、共同社会における個々の人間の存在というもの規定していく本質的な問題なのです。(P375)








項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
109 婚姻形態 家族・親族・共同体・国家 講演 1972.5.13共産同叛旗派主催 知の岸辺へ 弓立社 1976/09/30


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項目抜粋
1

@

婚姻の形態というのは、南島においても、どこにおいてもそうなんですけれども、ある一定の見方をしますと、一定の段階を踏むということがいえます。(P46)
【男女の結合が共同体によって規制された「共同婚」から、母系的な家族形態が存在するところでの「招婿婚」、そして双系的な「見合婚」へ】


A

・・・・それは単純な発展段階論の考え方であって、実は時間的問題と空間的な問題は相互に置換可能なものとして歴史や世界はあるのです。例えば、この第V表に記されている近江の国の家族のなかで、それまでの日本人の歴史の婚姻形態のすべての段階を想定することができるのです。(P58-P59)・・・・そうしますと、いわば後進地帯と先進地帯の差異から婚姻の段階をかんがえていくという考え方をとらなくても、先進地帯であれ後進地帯であれ、一家族のなかにおける家族構成の仕方のなかに、すでに婚姻形態の全ての段階は象徴させることができるということです。(P61)



項目抜粋
2






項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
113 言語表現の<時間>性と<空間>性 言葉の根源について 講演 桐朋学園土曜講座1970.5 知の岸辺へ 弓立社 1976/09/30


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沈黙
項目抜粋
1
@すべての<存在するもの>が、それに固有な<時間>と<空間>の様式をもつものとすれば、言葉の表現もまた、表現に固有な<時間>性と<空間>性を獲て成り立っているとみることができます。

A言語表現の<時間>性というのは、内的意識の<時間>とも、自然<時間>ともまたちがうものです。

B言語表現は、一人の創作者がつくった言語表現に従って、それを追体験していくわけですが、その体験の仕方の中で、まさに自然<時間>では二、三時間で読めるのに、なにか一人の女性の一生なら一生を体験したような、いわゆるフィクションの体験ができるのです。そしてこのばあいの<時間>性は、自己意識的<時間>性とも、自然<時間>ともちがいます。このちがいの根源は、作者の言語表現の<時間>性にわれわれが依存するためで、読むほうは、それにできるだけ近づく形で、それを体験していくということだとおもいます。

Cまったく同じような意味あいで、言語表現の<空間>性を考えることができましょう。言語表現の<空間>性とはなにかと云いますと、一つは、自己あるいは個人が表現した言葉の意味のひろがり、いわば先ほどの内的意識の時間性と同じような意味あいで、主観的な、あるいは内的なひろがりとかんがえることができます。・・・・では、そのばあいの言語表現のひろがのとは一体なにかといいますと、ある人間にとっての<受け入れの仕方のひろがり>だと云えるでしょう。

Dここでただちに問題になるのは、言語表現における沈黙ということです。・・・・この沈黙も言語表現なのです。・・・・それではこの沈黙を今まで述べてきた言語表現の<時間>性あるいは<空間>性という観点からかんがえると、どうなるでしょうか。これは、言語表現が独特にもっている<時間>性、<空間>性が、内的意識の<時間>性、<空間>性と、それから自然な<空間>性、<時間>性、の二つに解体したものだと理解されたらよろしいとおもいます。いいかえれば、言葉が、独特の<時間>性、<空間>性を失って、主観的あるいは客観的に解体した状態が<沈黙>であるということです。
 例えば死語というのがあります。死語とは、<言葉の沈黙>の別名といってもいいですが、自然の<時間>性、<空間>性に解体した言葉だと云えます。(P129-P133)

項目抜粋
2
Eしかし、沈黙にはもう一つの解体の仕方があります。すなわち内的意識のというものに解体するということが。そのばあいには、ある人がなにも喋言っていなくても、その人の意識の内部には、なにかあるのです。つまり、<ある>という状態があるのです。(P133)

F次に問題になるのは、言語表現の<時間>性、<空間>性は、なにを根源にして出てくるのかということです。これが考え方の分かれるところですが、言語表現の<時間>性、<空間>性の根源は、<身体>の受容性、了解の仕方ということにあるとぼくはかんがえます。<身体>の器官のうちで、眼を例にしますと、例えばここに灰皿があります。そうするとまずその形は眼という感覚器官を通して受け入れられます。その受け入れ方の中に、<空間>性というものの根源があるのです。その受け入れの仕方について現代人でも原始人でも、そんなにちがいはないだろうとおもわれます。ところで、あらゆる感覚器官による受け入れというものは、すべてこれを<空間>性とかんがえることができるのです。だから、眼という感覚器官による対象の受け入れの<空間>性と、耳による音の受け入れの<空間>性とは、<空間>性としては同じです。ただちがうところはその受け入れの度合、あるいは尺度です。つまり度合とは聴覚的、視覚的、嗅覚的、あるいは味覚的受け入れのことです。そしてその度合が、おそらく<空間>性なのです。そしてこの身体器官の受け入れの仕方の<空間>性が、言葉における<空間>性の根源にあるものなのです。さて、ここに灰皿があって、これを眼が受け入れたとします。この受け入れたものを、今度は<灰皿である>と了解して、灰皿に対する眼の知覚作用というものが、完了します。このばあい、眼の了解作用は完了しますが、この了解の仕方が、おそらく<時間>性というものの根源にあるものなのです。つまり、了解の仕方が<時間>性であるというふうに理解できるとおもいます。
  (P136-P137)






項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
114 言語表現の<時間>性と<空間>性 言葉の根源について 講演 桐朋学園土曜講座1970.5 知の岸辺へ 弓立社 1976/09/30


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言語表現が美を成立させている要素 批評が創造体験に近づきうる限度
項目抜粋
1
G知覚過程の全体をたどってみると、太古の人と現代人では知覚作用自体がちがうということなのです。二上山を神秘なものとしてみた太古の人間と<こういう山はこういう山だ>とみる現代の人間とのあいだには、了解についてのある差異があって、これは、聴覚、味覚、嗅覚、すべての感覚についてもいうことができます。・・・・というのは、ーごく通俗的にいってー知覚の全過程で了解性についてかんがえたばあい、了解性自体に、千五百年前の人間と現代人とでは、あきらかに差異があると体験的に認められるからです。その差異はなにによるかといいますと、千五百年という長い年月のあいだに、人間はさまざまな体験や感覚のみがき方をし、現代的な感覚や現代的な知覚作用をもつにいたったのですから、この了解性の現代的な仕方のなかに<時間>が含まれているとかんがえるのが自然だからです。そうすると千五百年のあいだに、人間の<身体>の感覚器官が体験したであろう体験の蓄積が、その差異のなかに含まれ、それは、とりもなおさず千五百年の<時間>が含まれていることを意味しています。単純に通俗化していえば、そのように理解できます。それが、了解というものが<時間>の根源である所以です。このばあい、ほんとうは知覚の全過程で、受け入れと了解とを、区別することはできないのですが、しかしその過程を強いて区別しますと、そういうふうにいえるとおもいます。ところで、このばあい、受け入れの仕方のほうでも、おそらくその了解性の差異に影響されて、それ自体が受け入れとしてある差が生じてきます。それが、<空間>性というものの度合なのであって、そういう総過程の中ででてくる<時間>性と<空間>性というものが、なにはともあれ、言語表現における<時間>性、<空間>性の根源にあるものだとかんがえてくださればよろしいとおもいます。(P136-P137)

H先ほど述べたことと同様、この見方、受け入れ方、了解の仕方のちがいの中に、ある<時間>性と<空間>性が含まれていて、その<時間>性や<空間>性がじぶんの身体のじぶんにたいする関係の仕方自体に、あきらかに影響を与えます。つまりじぶんの<身体>にたいする関係の仕方が少なくとも言語表現の<空間>性、<時間>性を最終的に規定している確かな<座>なのです。ただ最終的に規定しているということと、表現過程で規定される問題というのはまたちがうのですが、最終的に根源がどこにあるかが、どうしてわかるのかということは、じぶんがじぶんの<身体>をどう理解し、どう受け入れるかというある現代的な水準をかんがえれば、そこで理解できることだとかんがえられます。そこが、おそらく、言語表現の<時間>性あるいは<空間>性の根源にある問題だとおもいます。自然に対しても、また人間以外の対象に対する受け入れの仕方、了解の仕方も、まったく同様で、そういう対象はやはり人間の<身体>の延長だと理解すればいいとおもいます。(P138)

項目抜粋
2
Iこれだけのことを申しあげたうえで、それでは、言語表現が美とか芸術性を成立させている要素はなにかを、お話ししたいとおもいます。・・・・しかしこれは少し基本的にいうと、簡単な要素でつかむことができるのです。この要素はなにかといいますと、<韻律>と<選択>と<転換>と<喩>ということです。
(P138)
J例えば、「夕星のかがやきそめし外に立ち別れのことばみじかくいいぬ」これはひとつの短歌作品ですが、この言葉の意味だけでいいますと、夕方の星のかがやきはじめた戸外で、訪ねてきた人に、短く別れの言葉をいった、と書いてあるだけなのです。そうだとすれば、別にどうってことはないんじゃないかということになるはずです。言葉の意味だけをとっていきますと、それだけのことしかいっていない。しかしそれでも、これが短歌作品としてある芸術性をもっているとすれば、その根源は、<韻律>にあるといってよろしいのです。<韻律>とは感性的な始原的言語です。そうかんがえるべきなんですよ。つまり、原感性的な言語のある表現の仕方、あるいは表現の<時間>性、<空間>性が、<韻律>なのですが、そういうものが、概念通りのこの言葉以外のところで、包括されているということなのです。散文で書いたら、芸術でもなんでもないというものが、ある芸術性を感じさせる理由は、<韻律>がそこに関与していて、それが一種の相乗効果になっているということです。 (P139)

K書き方というのは千差万別でいいわけで、その千差万別さをつきつめていくと、すでにある言語表現の選び方をしたということ自体の中に、美を成立させる要素があるということにゆきつきます。(P140)
L<喩>には、修辞学でいえば、直喩、暗喩、寓喩等たくさんあり、その使い方もさまざまですが、しかし根本的には簡単なことで、より多くのイメージを喚起する効果として使われている<喩>と、概念的な意味を付加あるいは強調するために使われる<喩>の二種類があるだけです。(P141)






項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
118 古典評価 詩と古典 講演 思潮社公開講座1974.7.2 知の岸辺へ 弓立社 1976/09/30

関連項目 項目ID 62 項目 古典

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古典評価には、過去にさかのぼってしまっているじぶんというものと、現在ここに厳然とあり現在かかわっているじぶんというもの、そういうふうに分裂してしまっているじぶんというのをもう一つ総体的にながめるじぶんというもの、そういうものがないといけない。 庶民の住居
項目抜粋
1

@

しかし、古典評価のばあいに、のめり込まないで、<ほのぼの>とか<はかなし>みたいなのがあったら、<だめよ、こんなの衰弱した世界よ>というふうな評価の仕方がインチキであると同じように、のめり込んでいったままの評価も、決して古典の真実をとらえてこられないのです。のめり込んでいくじぶんなり、現在あるじぶんなり、いわば現在とその時代にのめり込んでいるじぶんとを二重に分身してしまった、そういうじぶんの二つの分身といいましょうか、そういうものをもう一つ視ている分裂してしまっているじぶん、
つまり過去にさかのぼってしまっているじぶんというものと、現在ここに厳然とあり現在かかわっているじぶんというもの、そういうふうに分裂してしまっているじぶんというのをもう一つ総体的にながめるじぶんというもの、そういうものがないと、古典評価というものは、えてして、はかなき何とかだったらだめ、それから、つくっている奴が大体みんな貴族じゃないか。貴族の歌はだめよ、そういう評価になるか、それでなければ絢爛豪華というふうになっちゃって、絢爛豪華な詩の世界を出現させている奴の名前をよく視てみると、みんな貴族とか天皇じゃないかということで、それだからそれはいいじゃないかと、そういうふうにいっちゃうわけです。やりきれないですよね、そういう評価というのは。(P274-P275)


A

それでは普通の人、いわゆる
庶民はどういう家に住んでいたかをかんがえてみますと、大体縄文時代の竪穴住居というのがありますけど−つまり、真ん中に大きな柱を立ててかやぶきみたいなのをした−その程度の家にござとかむしろとかを敷いて暮らしていたというのが実情です。これを錯覚すると、とんでもない絢爛豪華な世界が出現するんですけども、そうではないんです。床なんてのができたのはかなり新しいんですよ。ごく普通の人、いわゆる庶民というか大衆が、床のある家に住んだのは、日本ではずっと下ってから、つまり室町から江戸にかけてぐらいです。そのくらいのときに辛うじて床のあるものに住む人もい、床のないのに住む人もい、というふうになったというような実情なんで、衣食住みんなについてそういうことがいえるんですけどね、大変ひどい生活の仕方をしてたわけです。ひどいところに住んでいたわけです。ひどいところに住んでいたから絢爛豪華な詩の世界は出現しないとは決していえないし、出現して悪い理由もないですけども、ただ、歴史というのは、いわばその時代における頂点でかんがえられます。その頂点のところで把えられやすいし、また、文化の担い手というのは知識的な部分です。知識的な部分というのは、確率的にいえば、わりあい上層のほうに多いわけです。 (P276-P277)


項目抜粋
2

B

要するに現在のじぶんと、過去に遡っているじぶんとが、二重性となって存在して、その二重性を全体で把んでいるもう一人のじぶんというものがちゃんとなければ、古典あるいは古代なんていうものをあんまり論じないほうがいいということです。論じたっていいですけれども、論じるとえてしてとんでもないことをいいますよ、ということなんです。そういうことが問題になります。 (P279-P280)










 (備考)

Aの「(庶民は)大変ひどい生活の仕方をしてたわけです。ひどいところに住んでいたわけです。」という吉本さんの視線や判断は、吉本さんの「現在」からのものである。過去自体からの人々の視線や感じ考えでは、そのような生活状況は不満があったとしても割と自然なものと受けとめられていたと思われる。

ちなみに、柳田国男が庶民の寝床についてどこかで触れていた。いつの時代のことか覚えていないが、たぶん明治近代以前のことだと思う。人々は、蒲団以前にはワラの寝床に寝ていたという。






項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
120 幻想論の根柢 幻想論の根柢−言葉という思想− 講演 1978.05.28 言葉という思想 弓立社 1981/01/30


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三つの領域の関連づけ 言葉という思想
項目抜粋
1

@

以前からじぶんのなかで、漠然と
『言語にとって美とはなにか』『心的現象論序説』『共同幻想論』は別のものでないといった感じ方がありました。今日はこの感じ方をいくらかでもはっきり整序させてみたいとおもってやってきました。うまくこの三つの領域が関連づけられ、ひとつの鎖でつながる場所はみつけられないか、そういうモチーフがすこしでもはっきりさせられたらよいとおもうのです。(P8)


A

言葉は話し手や書き手の意識や意志と関連させてかんがえるとき、ある事がらを指し示し、それを伝えようとする無意識の、あるいは意識されたモチーフがあるのですが、このモチーフや目的とはさしあたりかかわりない、ある普遍的な表出を実現しようとするものだということです。いいかえれば、言葉は<指し示し><伝える>という機能を実現するのに、いつも<指し示さない><伝えない>という別の機能の側面を発揮するということなのです。わたしたちが、ときとして何かを指し示し、伝える必要がありながら、話したり書いたりすることがおっくうであったり、苦痛だったりするのは、この<指し示さない><伝えない>言葉の機能の側面を使わなければならないからです。
 こういうものがほかにないかとかんがえてみます。すると、ある意味でそれとよく似た性質をもったものがあります。それは流通過程にある商品というものです。(P9-P10)


B

商品にある価値づけがなされるのは、まずはじめに商品が使用価値として、さまざまな用途にたいする欲求に当然みあう自然形態をもっているからです。もうひとつは共通の価値基準でありうるような、そして計られ交換されうるような価値体系でありうるということです。このふたつが商品を商品たらしめている、つまりたんなる物質でない大きな特性だとみることができましょう。・・・・そうだとすれば、すべての商品が共通にになうことができる等価物としての役割の側面は、ある普遍的な等価形態をもつ商品、そして等価物としての使用性だけが使用価値であるような普遍商品、つまり貨幣によって代置されるはずです。
 おなじことは言葉についていえないのでしょうか。
 <指し示す>とか<伝える>とかいう用い方からできるだけ遠ざかったところで、ひたすらある内的な状態の等価であるような側面においてだけ言葉を行使するようにするのです。その言葉は使用性を喪失するような使用性であり、また普遍的な等価であるような価値表現をもとめる言葉になります。そしてもしかすると現在、文学はこのばあいの言葉を、極限としては視野のうちにいれているといえるかもしれません。(P12-P13)



項目抜粋
2

B

<指し示すこと><伝えること>という言葉の使用性は、さしあたってそう意図するかどうかとはかかわりなく実現されてしまうものをさしています。けれども何ものかの等価形態のようにおかれる言葉は、そのように意図したときから<指し示すこと><伝えること>という言葉の自然形態のようなものを忘れ去るというべきか、意図的にそれから離脱しようとするのではないでしょうか。それは
ある普遍言語が目指されるといってよいのかもしれません。けれどなぜ言葉がそれを発する人間の意識あるいは意図の状態とかかわるところでは、そういう非本来的なものを目指してしまうのか、その原衝動のようなものは定かではないようにみえます。さしあたってわたしたちが言葉の<概念>とかんがえているものの本性のなかに、普遍性が目指されうる根拠が潜んでいるといえるでしょう。<概念>自体が普遍性をもつのではなく<概念>の構造のなかにその要素が潜んでいるということだとおもいます。(P15-P16)



C

ここが問題になるわけですが、現実形態としてはかならず貨幣があり、商品が売買され、またお金に代えられるという最初の基本過程を確実に踏んでゆきます。しかし本質過程は単にGからG’(つまりお金からお金)へというそれだけのことです。ここのところで、本質過程(形態)と現実過程(形態)とのあいだに分裂、分離がおこるということができます。
 この本質過程と現実過程との分裂、分離は
<疎外>とみなされます。そして<疎外>ということはそのまま<表現>だとかんがえることができます。・・・・もしそうだとすればひとつの<概念>に対応するどんな言葉でも、すでにそれが行使されたときに本質過程と現実過程との分裂、分離、疎外の過程に入っているとかんがえてもよろしいはずです。そしてたしかにそりとおりで、わたしたちはことさらに美的な言語、いいかえれば文学の言葉を囲いをつくってかんがえる必要はないはずです。(P20)






項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
121 幻想論の根柢 幻想論の根柢−言葉という思想− 講演 1978.05.28 言葉という思想 弓立社 1981/01/30


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普遍的な価値のうねり ヘーゲルの<世界>概念
項目抜粋
1
Dおなじように、通常の網の目をなしている言葉は<指し示す><伝える>ために言葉がつかわれ、その過程に美的な工夫がなされることがあっても、よりよく<指し示す><伝える>ことがモチーフの言葉だということになります。これにたいして美的な言葉はただ言葉の価値のために、そして価値増殖のモチーフをもって、はじめから行使される言葉だとかんがえることができるでしょう。この過程は使用価値ではなく、価値そのものなんです。価値の自己増殖ということが自己目的です。だからこの過程に対応する言葉の世界は、文学の世界だけだろうとかんがえていったとおもいます。
 ただ、ここまできて言葉の表現が文学になっていく基本的な形との類推ができるようになったとおもいます。つまり自己増殖ということがあくまでも本質的な過程であり、これを文学に類推すると、(ぼくは「自己表出」という言葉を使っていますが)文学がなぜ生みだされたのかといったばあい、決して使用価値といったものが第一義的にあるのではなく、
価値の自己増殖こそが文学(言語の美)の本質的な衝動なんだということです。この自己増殖の過程を言葉を媒介として成就していくということが、たぶん文学の芸術性の基本的な形になるだろうとおもいます。
 そうしますと、現在の文学の過程はきわめて高度なものですから、あとは言葉の表現の問題に即して、その具体的な在り方を緻密に辿っていくことになってきます。すると、現在では言葉の表現の芸術(文学)がどうなっているのかは、ひとつの大きな関連のもとで組みたてることができます。
    (P21-P22)
Eこれらの世界は、いったん美的な言葉の世界のようなある普遍的な価値づけの世界に入りこみ、それをいわば目的なき目的、あるいは使用性なき創出、そして創出それ自体の世界からみるようになりますと、すべてが言葉の<概念>のある水平線をもとに、高低が描かれるような起伏ある陰画、あるいは不可視のうねりの地表に変貌してしまいます。商品の世界といえども、いったん価値それ自体が追求されるところでは、このような言葉の<概念>の水準のうえに浮かぶ普遍的な価値のうねりに転化してしまうのです。普遍的な言葉、あるいは本質的な言葉というものが目指される世界からは、すべては言葉のうえに浮遊するようにみえるという謎にみちた構図が、世界図にちかいものとなります。
このような現代の言葉と物の世界の意味を、わたしたちはよく知っているわけではありませんが、そこを生きていることになります。(P22-P23)
項目抜粋
2
Fマルクスとかエンゲルスとかニーチェとかいう近代の巨きな思想にとって、同時代にヘーゲルという巨大な存在がいました。なぜ巨大かというと、まずはじめに<世界>という古代的な概念をそのまま、近代的に組み替えたまま保存しえたことだといえます。古代以前の思想はアジア的であれ、古典古代的であれ、原始的であれ、<世界>論であり、存在の生成概念としての<宇宙>論でありました。これを近代的な理念に変貌させつつ保存しながら、<世界>という概念だけは存続させたといえます。みんなそれぞれの仕方でヘーゲルの<世界>概念の影響を受けたり、それに反撥の仕方をしめしました。
 ヘーゲルは人間の生みだす観念の世界について、たとえば法律、国家、宗教のような巨視的世界、それから道徳、倫理、人格のような個人の内的意識、それら全般にわたる領域が、人間の意志(ヘーゲルのばあい「意志」とは「実践的意識」のこと)が発現したものだというかんがえから、ひとつの総合的な系をつくりました。それは緻密に抜け道がなく、いってみればたいへんな徹底度と鋭さで体系づけたのです。そしてそこから逃れることは、同時代では不可能とおもえるほどでした。それにたいする典型的な反応をニーチェだとかマルクスだとかエンゲルスはやるわけです。(P23-P24)






項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
122 幻想論の根柢 幻想論の根柢−言葉という思想− 講演 1978.05.28 言葉という思想 弓立社 1981/01/30


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ヘーゲルの意志論 うまく層に分けて関連性がつけられるならば
項目抜粋
1
Gヘーゲルの意志論の系では、自由の普遍性は共同意志の発現のなかにあるという考え方が特異です。だからこそ逆にマルクスは共同意志の発現のなかに自由の抑圧をみていったのです。わたしたちはどうしても個体の倫理とか善悪とか宗教とかから、この共同意志の世界を覗こうとして、そのはざまに矛盾と分裂にさらされてゆきます。けれど<意志><自由>その共同的な発現の形態の概念にはすこしも倫理が介在しません。ただわたしたちがすくなからず倫理的に介在してしまうのです。
 そこのところをどうにか解除できないか、矛盾が倫理になってくるという在り方を、どこかで解除できないか、おおきな課題としてありました。
 ヘーゲルのかんがえた意志論のすべての領域は、うまく層に分けて関連性がつけられるならば、奇妙な形で理念に倫理的にしかかかわってゆけないとか、逆に無理に、倫理、道徳、人格の問題を捨象するとかいうことをしなくてすむのではないか、そうすることでヘーゲルの意志論は生かせるのではないかとみなしていきました。つまり、個人の意識(ぼくは「幻想」という言葉を使っていますが)、個人の幻想に属する層と、対なる幻想、つまり個人が他の一人の個人と関係づけられるときにでてくる意識の領域、これはいってみれば、家族とか男女の性の世界ですけれど、そういう観念の層と、それから、国家とか法律とか社会とかに属する共同の観念の世界、共同の意志の世界というように、層に分離してその関連性をつけられれば、たぶんわれわれは、共同の目的、意志と個人の意志とのはざまに引き裂かれて苦悶するという、阿呆らしいことはしなくてもすむのではないか、そういう意味での倫理的なことは、解除されるのではないかとかんがえていったのです。

Hつまり、ヘーゲルが意志論や精神現象学という形でだしてきた領域の問題、つまり、そのなかにおける個人の実践的な意識と、それが社会の総体のなかででてくるもの、あるいは歴史の動向を決定してゆくものとしてでてゆくもの、つまり、共同の意志、共同の指向性とのあいだのギャップとか実現のされ無さ、因果関係の無さ、あるいは偶然性としてしかないあらわれ方にどう決着を与えられるかという問題は、依然として課題であるようにおもわれます。(P34)

項目抜粋
2






項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
131 言葉という地平 ことばというちへい あとがき 1981.01.07 言葉という思想 弓立社 1981/01/30 言葉という思想


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現在の<言葉>に反訳する仕方が不明だ 概念そのものとして透明度と包括の度合がちがっている
項目抜粋
1
@観念であっても現実的な行為であっても、すべてこの世界についての人間の思惟や行動には<言葉>という地平が介在するのではないかという一種の神経症の状態を想定するとしよう。この神経症の状態から脱するには<言葉>が介在する地平を消去すればよい。すると寛解された世界が手にはいるだろうが、その世界は近似的な像にしかすぎなくなる。<言葉>という病気に憑かれた状態では、現実的な行為はただ行為そのものであって体験的な意味を構成しないし、また逆に思惟は<言葉>の概念であって(たとえば<体験>とは体験という<言葉>の概念であって)現実的な結果や状態をさすことはないことになってしまう。そうすると何処で現実的な行為と思惟とは出遇うのか?あるいは事実の世界と思惟の世界とはほんとうは出遇うことはないのか?わたしたちは新たに両者が出遇う場所を指定し直すべきではないのか。

Aその場所を見つけるには不明の個所がおおい。そして極限のばあいだけが想定できるようにおもわれる。この世界は<言葉>だらけであり、事実の配置、事象の生起でさえも、それ自体で<言葉>の暗喩であるような、ある意味の系として世界をみるか、あるいは<言葉>を事実の世界に実存する普遍的な事象とみなすか。それが二つの極をなしている。わたしたちが<言葉>を明晰な世界線、あるいは世界地平としてみなすときに生ずる懐疑や不安は、いずれにせよこの中間にあるものの状態をさしている。この状態をもとに、じぶんがたどってきた世界を微細化し、そして動態化することで、どんな不意打ちにも対応する構えを獲たいというのは、ここ数年のあいだおおきな関心を占めていた。(P278-P279)

Bなかでわたしをいちばん惹きつけたことは、アジア的あるいは古典古代的な世界としてすでに完結した<言葉>の世界、その系は、いまここに現前として置きなおしたとき、現在の<言葉>の世界とどう接合されればよいのかという課題であった。事例的にはそれがもっとも重要な現在の思想的な課題にほかならない。この本はそれを提出したばかりだが、わたし自身はやっと解決の端緒についた気がしている。一般に宗教の形で現在あるものはアジア的あるいは古典古代的な言葉の世界を、現在に置きなおすある一つの仕方のことであり、科学的と呼ばれている理念は、近代以後の世界を宗教化した一つの仕方をさしている。現在の世界が求めているのは、この何れともちがったある一つの置きなおしの仕方を意味している。この本で<言葉>が思想とみなされる個所で遭遇したのはこの課題であった。(P280-P281)

項目抜粋
2
Cわたしたちが<言葉>とそれがあらわす思想というとき、ひとりでに<言葉>はこちら側にあるのに思想はあちら側に横わる結果とみなされている。思想は得体のしれぬある結果なのだ。それは概念に所属するものなのか、現実の事実に所属するものなのか定かではない。けれど<言葉>を世界に介在する地平とみなして考えられる思想という意味は、透明な<言葉>が重畳している一つの状態をさしているし、それ以外のものではない。そうだとすればアジア的あるいは古典古代的な思想の世界が不明だということの意味は、その世界の<言葉>を現在の<言葉>に反訳する仕方が不明だということに帰着される。・・・・
 どうして不明なのか。アジア的なあるいは古典古代的な<言葉>の世界では、概念が<生>の意味や倫理によって魂を吹き込まれている。いかに<生>きるべきかの解答も含まれているし、<死>んだ後にどこへゆくかも指示されていた。そこでは人間は概念のなかで<生>きそして<死>ぬのだが、充分に円環した世界をなしていた。現在、人間は現実に囲まれてはいるが、現実のあいだで断片的にだけ<生>き<死>にしている。わたしたちには、概念は透明で平板な形態としかみえないし、そのように受容するほかのことができなくなっている。たとえば<生>とか<死>とかいう概念は、たんにアジア的あるいは古典古代的な世界と現代とでは、その習俗的な意味がちがうから概念の内容がちがうというのではなく、概念そのものとして透明度と包括の度合がちがっているのだ。 (P281-P282)


Dそこで人間が囲まれている世界の、素材のちがいが問題になってくる。その素材は概念であるのか、それ以前の魂であるのか、それ以後の現実の破片や事実という背景であるのか。この本ではこの世界の素材のちがいは<視線>のちがい、どこからともなくやってくる<視線>にたいする感受性のちがい、感知能力の質のちがいになってあらわれてくるとかんがえられている。そしてわたしたちが一般に、<視線>の障害感からはじまり、被害意識をへて追跡妄想にいたるまでの振幅で感受する世界からの<視線>は、この素材のちがいの選択の仕方だという考え方に導かれてゆく。(P282)






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135 近親相姦のタブー きんしんそうかんのたぶー 近親婚はどうして禁忌か 論文 1978.5「現代思想」 初源への言葉 青土社 1979/12/28 初源への言葉


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1
@この問いに答えることは人間とはなにか、そしてなにを成し遂げて未開の時代を切抜けてきたのかという問いに答えることと同義ではないのか?そして現在も人間が生きるということはこの問いに答えつつあることであり、そしてこの問いにたいする答えは、問いの不確定性を確定することではないか?この根本的な疑問に、レヴィ=ストロースの挙げている三つの類型はそれぞれの限度と立場において答えている。また人間は歴史の各時代を通じて、じぶんを判らせなければならないという課題を生きつつあるという点で、まだ答えられていない。問題はそれだけのことではないのか?(P58-P59)

Aヘーゲルはここまでで<家族>を<法>的な、共同的な<意志>と直接的な自然的な個的な<意志>のはざまで云い尽くしているといってもいい。子供達にとって、しぶんの生成と独立は両親との分離および両親の消滅である。これは<家族>における世代の本質的な意味となっている。「夫と妻」のように直接的で一人の他者に自己を認めるという関係ほど親密でもなく、親と子のように一方の生成が他方の消滅によって具現されるほどに分離的でもなく、均衡ある「混じり気のない関係」は「兄と妹」あるいき兄弟姉妹の関係のうちにある。「両者は同じ血縁であるが、この血縁は両者において安定し均衡をえている。だから両者は、互いに情欲をもち合うこともないし、一方が他方にその自立存在を与えたのでもないし、一方が他方からそれを受け取ったのでもなく、互いに自由な個人である。」それゆえ、女性は兄弟にたいして姉妹であるときもっとも倫理的な<意志>を幻想している。ヘーゲルの言葉では「人倫的本質を最も高く予感している」ことになる。
 もし<家族>が<親族>として展開される契機があるとすればヘーゲルのいう安定と均衡をもった<性>的な関係、「情欲をもち合うこともない」この<性>的な関係に範型をもとめる以外にあり得ないだろう。いいかえれば<親族>はいわば人倫的な<性>的な禁止を含む近親間の<性>的な関係自体にほかならない。(P69-P70)

項目抜粋
2
B未開のある時期に<親族>という概念は近親婚の禁止、もっと詳しくいえば生理的な<性>関係の禁止と観念的な<性>関係の保持ということと同義であった。その時期を過ぎたのちも近親のあいだのこの禁止と保持とは痕跡を失わないできた。あるばあい<夢>や<無意識>の閾のあいだに潜んでいたり、また恣意的な侵犯の行為となって個人を襲ったりすることは、現在でも途絶えたわけではない。けれどこの課題が人間の社会の歴史にとって重要であった時期は、まるで個体の育成史における嬰児期の体験のようにあきらかに過ぎてしまっている。(P71)


レヴィ・ストロース『親族の基本構造』にふれて】






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136 季節 きせつ 季節論 論文 1979.7「本と批評」 初源への言葉 青土社 1979/12/28 初源への言葉


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内在するそれ自体が世界を構成する意識ではなくて 内在する自然という意識
項目抜粋
1
@季節はそれほど自明な概念ではない。季節の概念が成立する以前にも自然は温暖と寒冷とを繰返していた。けれども季節は移り変る循環とはみなされずに、生と死のように二分された概念でかんがえられていた。不思議なことに自然は原始的にも未開的にもきわめて主観的にあらわれる。人間が思い込んだとおりに季節はあらわれたのである。・・・・けれどこれらはあくまで自然の生と死の概念であり、季節の概念の完成ではなかった。わたしたちは漠然とこの時代を自然物の採集生活の時代に対応させている。多少でも人為的な耕作生活が想定されるようになって季節の概念は、はじめて萌しをもった。(P72-P73)

A季節は人間の存在の仕方の内因的な領域にあらわれる。けっして超越論的なものではない。また心理的なものでもなかった。季節が超越論的な領域にあらわれたとするなら、初源の詩歌の言葉は季節的であるはずなのに、そうなっていない。季節の言葉がつかわれていても、心の状態の比喩としてで、けっして季節そのものではない。(P73)

B季節はただそこに在るのでもなければ、ある情緒の状態で思い描かれる心理における自然の投影でもない。内的な意識に到達する自然のある仕方を意味している。外在する自然の変化(気温・日照・風向等)が季節であるとするならば、もっとも緊密に自然と一体になって生活し、集落の制度よりも直接に、自然を採取し変形することが行動であった初源の言葉に、季節はもっとも生々しく露骨にあらわれるはずである。だが不思議なことにそこでは心の状態を生々しく表白するための比喩、言葉の影としてしか季節はあらわれてこない。だから季節は自然の変化としてそこにあったとしても、内因的な現象としては意識の地平に到達していないとみてよい。(P74)

C詩歌の言葉にはじめて季節の概念が登場したのは『万葉集』の巻八や巻十ような、いちばん高度な編成意識のもとに類別された巻においてであった。そこではじめて「雑歌」「相聞」「挽歌」という部立が解消されて「雑歌」と「相聞」の二分法がつかわれる。それとともに「雑歌」と「相聞」のそれぞれが「春」「夏」「秋」「冬」に分類されたのである。・・・・言葉のなかでは比喩の影の方が初源にあって、生々しく鮮やかに季節の自然を詠う方が後から新しくやってきているのがわかるだろう。(P74-P75)

項目抜粋
2
【源氏物語の六条院の庭園の描写にふれて】
D源氏はもとより作者によって理想の身分と人格と情操と容貌を与えられた貴種として設定されている。そしてこの人物によって造営される六条院の庭園もまた、同時代の理想として作者が想定したものとみなされてよい。何が行われているのか。季節を完全に内的意識に到達するものとして変容させようとしている。これは山水の雛型を住居の周辺に人工的に造形しようということとはちがっている。自然物を時間化しようという意図を実現することで、いわば宇宙的なものを現前させようと企てられている。けれどもまたいうことができる。ここで内的な意識とみなされるものは、内在するそれ自体が世界を構成する意識ではなくて、内在する自然という意識にほかならないものであった。・・・・自然の変化としての季節にもっとも遠いところで、季節の概念は完成しているようにみえる。ここでは耕作や採取の生活とはほとんど無関係な情念が支配しているが、そうなってはじめて内的な意識に到達したかぎりでの季節の完成という逆説が成立した。
 たぶんこのところが季節の完成であるとともに自然にたいする内的な意識の完成であった。
 (P80-P81)






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145 気づき きづき 1気づき 概念 生命 論文 1989.6 言葉からの触手 河出書房新社 1995/07/25 言葉からの触手  河出文庫


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生命の過程は「概念」を成り立たせる発生期の状態 「概念」を生命としてみたときの実態
項目抜粋
1
【これは詩であるといってもいいとおもえる】
@気づくというとき、そのはやさはある境界のちにあるはずのものだ。気づきの本質からして、境界をこえてはやければ、過程のすすみ自体をさまたげるだろう。また境界をこえておそければ、気づき自体が無意味になる。この気づきの境界はずっと以前には、はっきりと自然がすすむはやさのことだった。現在は?いまもおなじだが、このばあい自然過程のはやさは、さまざまな産業のはやさとして多層になっている。

限度をこえたはやさで気づきたいという願望は、現在でもけっして人間からなくなっていない。それは気づくまえに気づきたい願望にまでたかぶる。いってみれば人間もその一部である自然の過程をこえたはやさで、気づきたいのだ。気配よりまえに気づきたいという願望までくれば、不可能な空間に触手をのばした病態だが、宗教、神秘、ウルトラ・サイエンスがいちように願望し、そして願望が遂げられたと称しているのは、これのことだ。わたしには現在の多層になったはやさが、むこうからこちらへもたらす不安や被害感のあらわれにみえるだけだが。 (P10-P11)

A人間の生命の過程は、もし生物体ということにそっていえば、感受性と、その了解と、それから呼びおこされた行動から成り立っている。感受性のばあい五つの感覚をあらわすそれぞれの器官に魂は瀰漫している。そして五つの感覚はじかに対立の状態にある。了解のときは諸感官はそれぞれの度あいで、べつべつに励起状態にある。また呼びおこされた行動の過程では、詩よ感官と五体や四肢は、統合されてそとにむかってあらわれようと準備されている。これが、生物体の内部で生命がじぶんをしてもあたらしく駆りたてる過程なのだ。(P13)

項目抜粋
2
・・・・だがよく気をつけてみると、生物体のなかでは、この生命の過程は「概念」を成り立たせる発生期の状態(ナッセント・ステート)なのだ。もうひとつある。・・・・だが人間はこの類的す過程で、じぶんとしてじぶん自身を反復=媒介し、そのことによって類から突出する。だから生物体としての人間は、類的な自然からみたら傲慢な、憎たらしい、たけだけしい存在なのだ。それが「概念」を生命としてみたときの実態だ。そして類としての人間は、みんなが現在口をそろえていっているほど、たんに歴史だけによっては簡単に滅亡しない。やがて、類の影は、衰えてきた気づきのあいだを縫って、生命としての「概念」の実態をおおいつくす。それが死だ。
だがこの死は、生命のおわりなどと似ても似つかないかたちで、じぶん自身を反復=媒介する。はじめに魂であったものが、つぎに理念として生まれかわり、精神の幾何学をつくるにちがいない。
 (P14-P15)





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146 概念に封じこめられた生命 がいねん 2 筆記 凝視 病態 論文 1989.6 言葉からの触手 河出書房新社 1995/07/25 言葉からの触手  河出文庫


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そこなわれた概念の生命 概念に封じこまれた生命
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1
@たぶん現在は、書かれなくてもいいのに書かれ、書かれなくてもいいことが書かれ、書けば疲労するだけで、無益なのに書かれている。これが言葉の概念に封じこめられた生命を、そこなわないで済むなどとは信じられない。現在のなかに枯草のように乾いた渇望がひろがって、病態をつくっている。だがそれは個体が生きている輪郭といっしょに死滅してしまう。ほんとにそこなわれた概念の生命は、個々の生の輪郭をこえて、文字を媒介に蔓延してゆくだろう。想定できるいちばんひどい損傷は、やがて文字と概念のむすびつきがこわされてしまうことだ。・・・・そのときには、文字とその像とをじかに対応させるシステムをつくりあげていくほかない。つまり概念に封じこまれた生命が萎縮し、破棄されたあとは、文字はじかに対応する像とむすびつかなければ生きのびられない。(P18-P19)

Aわたしたちが植物みたいだったとき、どんなかたちも、かたちの内在性であり、かたちとしてはみえなかった。わたしたちが動物になったとき、あらゆるかたちは、かたちの視覚像だったが、かたちには〔意味〕がなかった。わたしたちが人間になったときはじめて、あらゆるかたちは、かたちの像(ルビ イメージ)としてみることができた。それといっしょに、かたちの理念としてつかまえることができるようになった。じっと文字や文字を組みあげた語を眺めていると、その文字がそのかたちであることが不思議でならないとか、その語がその〔意味〕であることになんの必然もないと感じられてくる。そんな奇妙な不安な体験をするとき、その体験は文字の誕生までにいたる〔概念〕の、ながいながい胎児期を反芻していることになっている。人間の胎児体験がぼんやりとした無意識の理念化であるように〔概念〕の胎児体験もまた、ぼんやりとした視覚像の理念化であるといえる。(P20-P21)

項目抜粋
2
B〔概念〕はそこに封じこまれた生命の理念としては最高度な段階にあるはずなのに、どうして生きいきしていない抽象や、鮮やかでない形象の干物みたいにしか感じられないのか。これにたいする解答のひとつは、はじめにあげたように、書くという行為とその結果のもたらしたデカダンスが、感受性の全体を磨耗させてしまったということだ。あえてしかつめらしい言い方をすれば、自然としての生命と、理念としての生命の差異をひろげてしまったのだ。その意味では最初の原因は、文字の誕生のときすでにあった。文字が誕生してからあと、わたしたち人間は理念の生命を原料に、〔概念〕をまるで産業のように、大規模に製造できるようになったのだ。文字による語の大量生産体制の出現は、ひろがってゆく一方の過剰生産の系列をうみだした。それは必然的に〔概念〕のなかに封じこまれた生命の貧困化を代償にするほか、源泉はどこにもなかった。げんざいではほとんどすべての文字、それを組みあげた語は、自然としての生命などを土壌に使わずに、人工的に培養しているといったほうがいい。 (P21-P22)






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147 言語 げんご 3言語 食物 摂取 論文 1989.6 言葉からの触手 河出書房新社 1995/07/25 言葉からの触手  河出文庫


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精神、普遍性にまで拡張された感覚器官 沈黙
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1
@おなじく精神、いいかえれば普遍性にまで拡張された感覚器官にも、食物は必要だ。精神にとっての食物、つまり言語。言葉をしゃべったり、書いたりするのは、精神が喰べてることだ。しゃべっているとき、書いているとき、精神は空腹をみたしているのだが、そのときほんとに養分として摂取されるのは、ごくわずかで、あとは老廃物として排せつされているのとおなじだ。このばあい言葉の音声は天然食に、音韻は精製された食品に、概念は調製された栄養食になぞらえられる。

沈黙ははんたいに、精神が空腹、飢餓、断食の状態にあることだといえる。その状態に耐えられなくなったとき、わたしたちはひとりでにしゃべったり、書いたりするのだ。 (P25-P27)

Aここまで言ったのだからついでにいえば、精神は食物と意識せずになんでも喰べてしまう器官をもそなえている。これはべつの言い方をしたほうがわかりやすい。肉体は口腔や胃や腸のような、食物を喰べ摂取し、排せつする器官系のほかに、嘱目の事象すべてを摂取し、消化する器官をもっているというように。視たり、聴いたり、また触れたり、匂いを嗅いだり、味わったりという感覚をつかさどる器官は、嘱目の事象についての口腔なのだ。このばあい嘱目の事象が食物のかたちをしていないために、どれだけ摂取され、養分として身体のなかに蓄積されるものか、まったくわからない。摂取し、消化すること自体が、そのまま排せつだということもありうる。こういう言い方から、感覚器官の作用のばあい、精神と肉体の両方の概念を、おなじように使えるのがわかる。ここから出発すること、そしてここへ還ることはおなじなのだ。 (P26-P27)


項目抜粋
2
B絶えずくぐもった音声でぶつぶつと独り言をつぶやいている精神の病、あるいははんたいに音声をまったくなくして緘黙している精神の病。これらは比喩的にいえば呆けて生ま米を囓っている老人の姿や、潔癖のあまり拒食症にかかって痩せ衰えた少女の姿になぞらえられる。だが、ほんとはこういった精神の病は、病むことでなにをしようとしているのか?こんなふうにして、人間は草木や虫や獣の世界へゆく入り口をさがしているのだとおもえる。ただたんに精神が現実から撤退したいのなら、おしゃべりや書き言葉の脈絡だけをうしなえばいいはずだ。くぐもった独り言や、まったくの緘黙はそれとはちがう。草木や虫や獣のほうからみたら、人間がじぶんたちの世界への入り口をさがしている印象にみちているに相違ない。 (P27-P28)





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150 概念の誕生 6言葉 曲率 自由 論文 1989.6 言葉からの触手 河出書房新社 1995/07/25


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言葉は、あるひとつの物体と、その物体を離れない像を指示したい願いをきっかけに、うみだされる 新しい概念の誕生はまったくちがう。それは実体の動きが不可避の曲線を描き、その曲率が生命の曲率にあっていなければならない。そうなったとき、ひとつの概念が自由の感じにつつまれて誕生する。 言葉の母、言葉の父、言葉の母胎、祖語という観念
項目抜粋
1

@

言葉は、あるひとつの物体と、その物体を離れない像を指示したい願いをきっかけに、うみだされる。だから表象としてだけ、うみだすきっかけになった物体を含む。物体も、その物体の像や指示も、言葉のなかで死体のように眠っている。だがここでいう死体の意味は、動かせないおなじものということだ。だからある言葉が死語だということは、動かせないおなじものしかよびおこせなくなったことだ。

ある言葉のさす実体が全体のなかの一部分の要素ではなく、全体を象徴するようなおもな要素になってしまったとき、その言葉の概念はやはり死ぬ。でもこのばあい死ぬということは、さまざまな姿でありうる。無効になる、言っても無意味、言っても言わなくてもおなじ、言葉としての機能をじぶんから解体した、等々。また死ぬということはべつのことを意味するばあいもある。その実体が物体としての側面をなくしたために概念が成り立たなくなった、というばあいだ。死にきって記憶にまではゆきつかない谷間で、その物体としての側面はさ迷ったままになっている。(P44-P45)


A

ある言葉が活きているということは、その言葉のさしている実体が、まだ過程の側面からみられる状態だということだ。これはかならずしも実体が動いているか静止しているかとはかかわらない。過程という側面は、こちらが動いているばあいもありうるからだ。わたしたちが、これはべつな新しい概念がいるのではないかとかんがえはじめる状態は、実体がこうなった状態なのだ。 (P45-P46)


項目抜粋
2

B

新しい概念の誕生はまったくちがう。それは実体の動きが不可避の曲線を描き、その曲率が生命の曲率にあっていなければならない。そうなったとき、ひとつの概念が自由の感じにつつまれて誕生する。
概念でうたいあげられる自由、いいかえれば言葉としての自由よりほかに、自由はありえない。そう言いたいところだ。また推論の経路をたどってゆくと、どうしてもそうなりそうな気がする。だが、とすこし佇ちつくしてみる。仮りにそうだったとしても病いとしてそうなのかもしれないから。
かつては概念の発生にゆきつかないで、実体の動きが生命の曲率に入ったとき、すでに自由という感覚を体験していたという時期はありえた。そうかんがえないと、すべての言葉は、ただ時間の経過だけで死語になってしまうことを容認しなければならなくなる。そうすると言葉の母、言葉の父、言葉の母胎、祖語という観念をうしなってしまう。(P47-P48)


備 考
わが国の知の世界では、未だかつて語られたことがないような世界が語られている。もちろん欧米などの外来の波をかぶったことはこのような言葉の登場にとって必須のものだったと思えるが、外来の借り物ではないこのような自立する言葉は現在もなお稀少である。これにほんとうに出会うには、これまでの吉本さんの歩みを追体験することは必須な気がする。





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155 考えることの現在 11考える 読む 現在する 論文 1989.6 言葉からの触手 河出書房新社 1995/07/25


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古典近代の<考えること>の起源
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1

@すでに知的な資料や先だつ思考の成果を<読む>ことだけが<考えること>を意味する段階に(段階というものがあるとして)はいっていしまったのではないのだろうか。それ以外に<考えること>などありえないことになったのでは。ほんとはいつもこの危惧をどこかでいだいているのだ。眼のまえにおこる生々しい出来ごとにであいながら、その場で感じたことを<考えること>とか、現実におこった事件について<考える>ことが<考えること>の主役だった時代は、過ぎてしまった。そうでなければ眼のまえにおこっている生々しい出来ごとでさえ、書物のように紙の上に間接に記録して、それを読んで出来ごとを了解しているのではないか。精緻に<読む>ことがそれだけでなにごとかであるような現在の哲学と批評の状況は、この事態を物語っている。このなにかの転倒は、すでに現在というおおきな事件の象徴だとおもえる。 (P83-P84)

A<感ずること>においてわたしたちの伝統はとおく深いが<考えること>においてわたしたちの起源はちかく浅い。古典近代の<考えること>の起源の時期に、デカルトは知的な資料の積み重ねを排し、先だつ思考をとおざけて「ただひとり闇の中を歩む者のようにゆっくりと行こう」(『方法序説』第二部)とおもいきめた。・・・・当然いちばん単純で、いちばん認識しやすいものが、デカルトの<起源>にやってきたのだが、そういうデカルト自身もまったくおなじ理由で<考えること>の<起源>になった。

現在は、すでに<考えること>のとおくまでやってきた。<考えること>は、単独でも、また<考えること>をしているときだけ、確かに存在しているようにみえる<わたし>とひと組みでも、もう存在しなくなってしまった。知的な資料をとりあつめ、先だつ思考などを<読む>ことで、その主題に同一化することだけが、起源にある<考えること>に対応している。この現状では<わたし>はただ積み重ねられた知的な資料と先だつ思考のなかに融けてしまって、すでに存在しないものにすぎない。そして<考えること>においてすでに存在しないものである以上<感ずること>でも、この世界の映像のスクリーンに融けてしまって、すでに存在しないものにすぎない。

わたしたちの<考えること>と<感ずること>のつきあたっている混乱、倒錯、稀薄など、総体的にいえば存在するものの映像化の奥行きにあるものは、これだ。(P85-P87)

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158 言葉の像 ことばのぞう 14意味 像 運命 論文 1989.6 言葉からの触手 河出書房新社 1995/07/25 言葉からの触手  河出文庫


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文学作品の運命
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@おなじようにひとつの文学作品のなかで、言葉の意味の流れが偶然に無意識の連鎖をつくっているのに、あたかも必然みたいに感じられるとすれば、それを作品の運命と呼ぶことができよう。そうだとすれば文学作品の運命は、生活のなかの運命とおなじに、大なり小なり物語をつくっていて、物語の起伏のなかにみつけだされるのだろうか?たしかにそう言えないこともない。
だがふたつの運命はまるで違っているところがある。・・・・文学作品の運命はそうではない。それは可視的でも不可視でもないが、言葉の像【ルビ イメージ】によって喚起的だといえる。ひとびとが文学作品のなかにじぶんの運命をみようとしてもみえないし、それにもかかわらずじぶんの運命をみたい願望をふっきれないのは、文学作品が言葉の像によって、じぶんの運命を喚起してみせているからだ。それは意味によってでもなければ、生活の具象的な描写によってでもない。またモチーフと主題によってでもない。言葉の喚起する像によってだ。 (P106-P108)

A言葉の像とはなにか。いま文学作品の運命に照らして三つに分類してみよう。第一は概念のごく近くにある像だ。意味的なものの強度はまだ鮮明で、像の方はぎゃくに曙の色のようにぼんやりしている。第二はそれと対照的に概念の方が遠くにあり、そのため意味は薄れた感じをあたえるが、像の強度は鮮明に反射してくる状態だ。そして第三の最後の言葉の像では、概念の方は、あたかも重力の場のように意識しなければそれですんでしまうほど微かな作用しかしないが、像の方はちょうど事物の視覚像とほとんどおなじ強度をもっている。この状態で言葉の像はどんな振舞いをするのだろうか?
言葉の像は、あたかも言葉の像を鳥瞰している言葉の像という位置にあるように振舞い、したがって「第一」の言葉の像にたいして、それを統覚するかのようにはたらく。これがなにを意味するかははっきりしている。文学作品の運命が消滅するのだ。いいかえれば言葉の像が、死から照射されながらなお文学作品の運命をつくっているのだ。もしそれがまだ運命と呼べるならば、だ。 (P108-P109)

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159 権力 けんりょく 15権力 極 層 論文 1989.6 言葉からの触手 河出書房新社 1995/07/25 言葉からの触手  河出文庫


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権力は合意を中央値としたさまざまな形の分布 現在の緊急な主題と人類の叡知が最後に解決すべき主題
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@権力は小から大にわたる、視えないものから視えるものにわたる、あるいは合意から不同意にわたる分布のことを意味する。・・・・むしろ合意を中央値としたさまざまな形の分布とみなした方がいいのだ。
A合意が平等に到達しようとする場合もあるじゃないかというかもしれぬが、そのばあいには合意は表面層と深層とにはっきりと分極して、平等は表面層の理念として北の極を指し、深層は不平等の理念として南の極を指すことになる。この二重性こそが、すべての権力のいちばん露骨な標識なのだ。権力は善でも悪でもない自然権的なものだとみなしてもよいはずなのに、善い権力と悪い権力にわけて倫理に結びつけられてしまう理由は、合意がふたつの極へ解離するのを避けられないからだ。
(P112-P113)
Bところで現在、ほんとの意味で畏れなければならないものは、かならずといっていいほど、一見つまらない外観をもってあらわれる。タバコをすうのは善いか悪いか、イルカや鯨を食べるのは善いか悪いか、天然の緑が少なくなるのは善いことか悪いことか、等々。この種のことは、現在では細大もらさず数えあげられて、わたしたちに合意か不同意かを問いかけ、どちらかを択べと強要する。だがもともとこの種のものは二律背反を強いるような構造など、はじめからもっていないのだ。表面層が善であるばあいには深層が悪であり、表面層が悪であるばあいには深層が善であるような命題だというだけだ。ほんとに畏れなくてはならないのは、この種の命題がどれもこれも権力から暗示された主題の、現在におけるヴァリエーションにほかならないということだ。表面層の善悪をえらんでも深層の善悪をえらんでも、いずれか一方をえらぶかぎり権力の穽にはまりこんでしまうほかありえない。タバコをすうのも、イルカや鯨を食べるのも、天然の緑が少なくなるのも、すべて善でもなければ悪でもない。それは選択を強いるような本質を、はじめからもっていないのだ。それにもかかわらず、この種の一見つまらない命題は権力の問題でありうる。現在がそんな性格を強いているのだ。命題自体が表面層と深層をもち、そのうえふたつの極に分離する特徴をもつことを見極めるのは、権力を見抜くこととおなじだ。 (P113-P115)

項目抜粋
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Cなぜこの種の一見するとつまらない命題は、現在ふたつの極をもってあらわれ、そのために権力の問題でありうるのか。ほたしたちの畏れがその理由を発見する。ひと口にいってしまえば、これらの命題には現在の緊急な主題と、たぶん人類の叡知が最後に解決すべき主題とがふたつとも含まれていて、それが同時に混融してあらわれている。これを緊急の層によって判断するのも、最後の永続的な主題として深層で判断するのも、錯誤に到達するよりほかない。わたしたちはまず、往きとして緊急な層を解明し、還りとして最後の永続的な層を解明して、ふたつの解明を同時に行使し、提出できなければ、かならず錯誤にみちびかれるといっていい。いつもその認識にまで踏みこめないなら、きみは現在という命題をあきらめた方がいい。柄じゃないからだ。もともとひとびとを錯誤にみちびくのを動機とするのは、どんな名目をつけても権力いがいの何ものでもない。  (P115-P116)





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214 「価値」という概念の起源にあるもの かちというがいねんのきげん 経済の記述と立場 講演 1984.11.2 超西欧的まで 弓立社 1987/11/10 超西欧的まで


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経済学的範疇を至上のものとする考え方への復讐
項目抜粋
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【スミスの<歌>、リカードの<物語>、マルクスの<ドラマ>】
@スミスの「使用価値」とか「交換価値」という概念の作り方を、もっと元に戻してしまったらいったいどういうことになるでしょうか。つまり、スミスが『国富論』でやっているよりも、もっと元に、もっと自然のなかに、牧歌のなかに戻してしまうのです。それをちょっとかんがえてみます。
 何よりも「価値」という言葉でおもい浮かんでくる感覚的なこと、感情的なこと、論理的なこと、その他なんでもいいから、ぜんぶおもい浮かべてみましょう。・・・・こういうさまざまなおもい浮かべ方のなかで、「価値」といわれると、なんとなくおおげさに感じなから、なんとなく心の中では大切なものなんだ、というものをおもい浮かべてみます。そういうことは、たぶん「価値」という言葉をおもい浮かべたときの根柢にある感情、あるいは感覚なんじやないか、とおもいます。その根柢には、<なんか知らないが、具体的な何かというんじやなくて、なんとなく大切なものなんだ。しかし、その大切なものをどういうものだというふうにしてしまったら、もう、大切なものがどこかで壊れてしまう、ましてや、それを「価値」という言葉でいってしまったら、とても重要なものがそこから抜け落ちてしまうような感じがする。>ということがあるとおもいます。 (P184-P185)

Aそうすると、「価値」という概念を経済学のほうにではなくて、牧歌、あるいは自然感情、または人間の自然本性のほうにどんどん放ってしまいますと、とても漠然とした<なんとなく大切なもの>というところに源泉があるとこまでいってしまいます。そこまでいってしまえば、それは、ほんとの古代の素朴な牧歌といいましょうか、そういうものになってしまいます。つまり、なにか大切なもの、しかし形がなんだかってことはいえないし、それは外にあるものなのか、あるいは形のない心の中にあるものなのか、それもいえないというところまで、ずうっと牧歌的なもののほうに概念を放してしまいます。そこのところがたぶん、「価値」という概念の起源にあるものだとおもいます。
 スミスもやはりそういうものからつぎつぎに、感覚とか感情とかをしぼりこみ、削り落として、「交換価値」とか「使用価値」という経済学上の概念を作っていったとおもいます。 (P185-P186)

項目抜粋
2
Bところで問題なのは、スミスがそうして「価値」概念を作ってしまったとき、すでにもう人間がくなにか知らないけれど大切なものだ>というイメージでおもい浮かべるものから、なにか重要なものが抜け落ちています。こぼれ落ちてしまっているのです。そうすると、こぼれ落ちてしまったものは、ふたたび経済的な範疇にたいしてどこかで逆襲(復讐)するにちがいありません。まずアダム・スミスが『国富論』で近代的な経済概念をはじめて作りあげた、そこのところですでに、そういうこぼれ落ちていったものが、経済学的範疇を至上のもの、いちばん重要なものとしてかんがえる考え方にどこかで復讐することがある、そんなことがかんがえられます。
 このばあいこぼれ落ちた部分をもとにして、それになにか別の形をあたえていったものが、たとえば文学であり、絵画であり、音楽であるといえましょう。それらが経済学、あるいは経済概念にたいして復讐をしているのか、または調和を求めているかわかりませんが、(それはさまざまなばあいがありうる)、とにかくそういう形で経済の範疇から離れていって、別の分野を作っているといえるとおもいます。
 経済的な範疇というものをかんがえるばあいに、たえず経済的な範疇からこぼれ落ちたものから何が生まれたのか、あるいは何を生み出していったのか、そしてそれは経済的な範疇にどういう復讐のしかたをしたり、どういう調和のしかたをしたり、どういう分かれ方をしたりしているのか、ということをおもい浮かべることは大切なことのようにおもわれます。その重要さを最初にみごとに保存して、経済的な概念とか範疇とかが作りあげられるところで何がこぼれ落ち、そして何が残されたのか、それからまた経済的範疇というものをもともと<歌>のほうに放してみれば、どういう人間的な<歌>が存在したのか、そんなことをいつでもおもい出させてくれるのが、アダム・スミスの大きな意味だとおもいます。
 (P186-P187)

備考 註1 概念化する前の海、そしてそこから絞り込まれ、濃縮された概念としての経済的な範疇との相互関係につ    いて。吉本さんの述べていた「新しい話体」のことを、ここでふとおもい浮かべた。





項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
215 「価値」という概念 かちというがいねん 経済の記述と立場 講演 1984.11.2 超西欧的まで 弓立社 1987/11/10 超西欧的まで


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『言語美』の言語概念はマルクスの資本論から作った
項目抜粋
1
 @スミスが持っていた「価値」(「使用価値」あるいは「交換価値」)という概念も、マルクスはもっと緻密にしています。「価値」概念の出どころ、「労働」概念の出どころは何かといえば、根本的にいってしまえば、人間と人間以外の自然とのあいだの物質的な代謝関係です。人間は頭とか神経とか筋肉とかを使って身体を動かして何かを作ってるわけで、作ったものが「商品」として取引それていきます。それは、いってみれば人間と自然の物質代謝(あるいは物質交換)なんだ、それは基本的に「価値」概念と「労働」概念の根柢にあるものだ、ということが、マルクスの<ドラマ>でいちばん有力にかんがえられている原則です。
 マルクスが、根柢的に経済的な<ドラマ>の中心としてかんがえた「対立」という概念があります。人間が手を加え労働を積み重ねることで作りあげた「商品」は、スミスのいった「使用価値」とか「交換価値」というような「価値」の概念で眺めたばあい、このふたつに分裂するものだ、とマルクスはみなしました。そのあげくは対立するにいたるというのがマルクスの<ドラマ>の基本的な概念です。
 それはどういうことかといいますと、マルクスは「価値」の概念を「等価概念」と「相対的価値概念」とに分けました。すべての「商品」は、そのときどきの役割で交換のばあいに「相対的な価値形態」となるか、あるいは「等価形態」となるか、どちらか、あるいは両方に分裂するものだ、分裂して、そのふたつが葛藤するものだとかんがえたのです。 (P195)

Aこのマルクスの<ドラマ>の概念を、現代言語学の基礎に据えたのがソシュールです。ソシュールは、「相対的価値形態」に当たるものを「意味するもの」、「等価形態」に当たるものを「意味されるもの」あるいは「概念」(ソシュール流の云い方をすれば「聴覚映像」です)とかんがえました。ですから、「価値」の<ドラマ>を演じている「商品」の形は、記号としての言語が、社会のなかで流通しているしかたとまったく同じようにかんがえることができるとしました。そういうことが、ソシュールがじぶんの言語学を作りあげていった最初の起点になっています。・・・・ソシュールじぶんの言語学をどこから持ってきたのかといえば、マルクスの『資本論』からだとぼくはおもっています。マルクスが経済的な<ドラマ>のいちばん主要なものとかんがえた商品の「相対的価値形態」と「等価形態」への分割の<ドラマ>には言葉が商品とおなじように演ずる<ドラマ>が秘されていることを見つけて、ソシュールはじぶんの言語学の骨組を把んだのです。 (P196-P197)

項目抜粋
2
Bついでに申しあげますと、ぼくは『言語にとって美とはなにか』の言語概念をどこから作ったかといいますと、おなじくマルクスの『資本論』から作りました。ぼくは、「価値形態」としての「商品」の動き方は、言語の動き方と同じなんだと、かんがえたのです。そして、ぼくはどこに着目したかというと、「使用価値」という概念が、言語における指示性(ものを指す作用)、それから「交換価値」という概念が、「貨幣」と同じで、万人の意識あるいは内面のなかに共通にある働きかけの表現(自己表出)に該当するだろう、とかんがえたんです。言語における「指示表出」と「自己表出」という概念を、「商品」が「使用価値」と「交換価値」の二重性を持つというところで、対立関係をかんがえて表現の展開を作ってきました。
  (P197)

備考 註 「ぼくは『言語にとって美とはなにか』の言語概念をどこから作ったかといいますと、おなじくマルクスの『資本論』から作りました。」





項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
218 経済社会現象 けいざいしゃかいげんしょう 資本主義はどこまでいったか 講演 1985.9.8 超西欧的まで 弓立社 1987/11/10 超西欧的まで


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1
 
@個々のデータはデータとしていいわけですけれども、こういうふうにしながら個々のデータを重ねて、日本の現在の資本主義社会のイメージを、できるだけ細かく、できるだけ鮮明に、できるだけ正確にこしらえられたらとおもいます。つまり、何よりも現在どういうふうになっているか、経済社会現象としてつかまえて、それをひとつの目安として、もっと文学的にいえば、ひとつのメタファーだとかんがえて、日本の社会の全体のイメージを、できるだけこしらえていただきたいとかんがえます。 (P275)

Aつまり、経済社会現象は、客観的なデータで客観的なようにみえて、主観的に、じぶんが置かれている場所とか、じぶんが当面している問題で、社会全体の状態の色を全部塗ってしまうことは、素人でも専門家でもある程度は避けられないところがあります。それほど微妙な問題を含んでいます。だから、こういうデータを文字どおり信じて、これは事実の問題だとかんがえないほうがいいので、おおよその目安だということだとおもいます。それは、一種のメタファーなんだということです。 (P290)

Bただ、いずれにせよ、現在の日本の資本主義に先進的な資本主義を象徴させるとすれば、たいへんな構造変化を体験しつつあることは、確からしくおもわれます。だから、マルクスがいったように、水車とか風車とかが封建時代を象徴するもので、蒸気機関が資本主義時代を象徴するものだとすれば、電子情報産業時代は何を象徴するかというと、名前はどうあれ、実体は未知な超資本主義を象徴しつつあるということはかくじつでありましょう。 (P296)

項目抜粋
2





項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
219 国家社会のモデル こっかしゃかいのもでる 共同幻想とジェンダー 講演 1983.2.12 超西欧的まで 弓立社 1987/11/10 超西欧的まで


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1
 【T古典近代モデル】

@ここに、マルクスが資本主義社会の勃興記から、隆盛期にかけて近代国家モデルとしてかんがえたものを図式化してみました。・・・・モデルですから単純化してみますと、国家というものは、幻想の共同体として社会のうえにあり、その下部に資本主義社会(いわゆる市民社会)があります。この市民社会には、二つの問題があります。
 ひとつは、市民社会は、自由な個人が自由にじぶんの能力とその財力を貯えて競争しながら、それに見合った生産組織をつくりあげていることです。
 そのばあい、古典モデルで問題になるもうひとつは、たしかに各個人が自由に能力に応じた競争をやって、どんな富を築くこともできるし、学問を積むこともでき、知識・教養・文化を身につけることもできる社会とみなされます。ところが、ここには、その恩恵にあずからない部分があることが不可欠の条件でした。それが労働者階級です。つまり生産労働にたずさわっている労働者階級は、自由に競争し、手に入れた富と能力に応じて、どこまでも走れる競技場から、はじめから疎外されている階級とみなされます。だから、モデルでいいますと、市民社会の下のほうに、点線の部分で表現された状態におかれています。 (P309-P310)


【U 現代モデル】

Aこれは、国家の市民社会にたいする強制力あるいは管理力が、古典近代モデルにくらべて、とても膨大になってきた、というのが特徴のひとつです。
 たとえばアメリカでいえば、40%くらいは、国家が資本主義社会に干渉し、関与しています。現代では、初期あるいは隆盛期の資本主義社会のように、国家がノホホンとしていたら、資本主義は成りたっていかない状態になっています。つまり国家の関与の度合が、とてもすみやかに大きくなっています。それが、現代国家と市民社会とのあいだで、いちばん重要な点だとおもいます。(P311)
Bもうひとつの特徴といえるのは、マルクスが描いた古典期のように、市民社会が強固な枠組みをもち、そこにしっかりした市民階級が成立していて、教養夜分かが強固に築かれ、強固な経済システムができあがって、微動だにせずに、ひとつの秩序を保っているというモデルは、国家管理の重圧のために成りたっていないということです。(P312)

項目抜粋
2

C絶えず、国家の管理から市民社会は噴流を受けて、乱気流のなかにいるといえましょう。ですから、そこでは教養主義のはかなさをいつも感じさせられています。・・・・
 この様相は、マルクスがかんがえたモデル、つまり労働者階級が市民社会から疎外されたところへ、ますます追いつめられていくというモデルを無化します。労働者階級もまた、たえず噴流にさらされて、市民社会の内部に、下部から組み入れられては、また弾きだされ、といった運動をくりかえして、市民社会の枠組みの崩壊を促しています。(P312)

Dそれから、現代社会のモデルをつくるばあい、もうひとつ重要なことは、イリイチなども重視している、眼にみえない商品の生産に該当する分野、マルクスのいわゆる「交通」の概念に当たる、像をつくる産業、つまり情報・広告・宣伝・デザインなど、イメージをつくって、実体的な商品に付け加える産業が、それ自体として、とても大きな部分を占めるようになっていることです。ですから、実質的な商品の価格は、そのイメージが付け加わった分だけ増えていくということになります。それは重要な要素だということです。 (P313)





項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
220 国家社会のモデル こっかしゃかいのもでる 共同幻想とジェンダー 講演 1983.2.12 超西欧的まで 弓立社 1987/11/10 超西欧的まで

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1
 【「現在」というものを、どの時期からかんがえるか、はべつとして】

【V 現在モデル】

Eひとつは、労働者階級のほとんどの部分が、市民社会の中に、いわば入り込んできていることです。つまり、市民社会に埋め込まれてきているとか、めり込んできているというのが特徴です。そのことはさまざまな問題を提起していると、ぼくはかんがえます。このモデルで、労働者階級が、あるいは全体的にいって生産労働社会が、市民社会の半分まで入り込んでいるとみなします。そして先進資本主義社会では、やはり国家管理は増える一方ですから、国家管理からくる、噴流を絶えず受け取っているとかんがえられます。 (P314-P315)


Fそして図3でいって、生産・労働社会が半分まで市民社会の中に入り込んでいる状態がつくれるとすれば、ここでは、もはや生産という概念で、労働・経済・文化などをかんがえることと、それから消費という概念を使って労働・経済・文化などをかんがえることは、おなじことで、等価だということになります。
 つまり50%まで、生産・労働社会が、その市民社会の中に入り込んでいるモデルを成りたたせているとかんがえれば、50%ですから、生産として社会をかんがえても、消費として社会をかんがえてもおなじことです。げんざい、ラジカルで前衛的な経済学者・思想家が、生産ではない消費だ、というふうにいうことの根拠は、ぼくなりの云い方をすれば、そういう点があるとかんがえます。 (P315-P316)


G現代モデルから、「現在」モデルに移ってゆくには、いくつかの修正すべき概念が必要になります。ひとつは、イメージ産業とか、広告・宣伝、あるいは情報産業のように、いってみれば、具体的な生産物を作って、それを商品として販売し、また再生産するといった産業じゃない産業(マルクスが交通の概念でかんがえたもの)がとても肥大化してきたということです。(P316)


Hそれから、もうひとつ、重要なことがあるとおもいます。これは、漠然とした、予感としてでもいいんですが、資本主義社会が、どこかちがうところに入ろうとしているんじゃないか、あるいは、資本主義社会は、どうもいままでの固定的なイメージでとらえられないなにか、地平線といいますか、水平線といいますか、境界線といいますか、そういうものが、どこかにみえてきたんではないかということです。(P318)

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項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
238 言葉の重さ ことばのおもさ V 世代を超えて 対談 1993.8.24 こころから言葉へ 弘文堂 1993/11/15 こころから言葉へ



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1
@・・・・つまり戦中派というのは言葉の重さとかタブーといったものに、とても痛めつけられた体験をもっています。僕なんかは、戦争が終わってからの自分がどうすればやり直しが出来るのかを考えたりしました。どうすればやり直しの言葉をつくれるかといった問題です。そのときに一番憎しみをもったのは「言葉のタブー」に対してです。戦時中「ああいう言葉は言うべきではない」という類のタブーが多くて痛めつけられたわけです。ですから、そこらへんのところが私たちの世代にとっての盲点でもあり、突っかかったところです。誰が何んと言おうと、言葉には新しい古いはあっても、いい悪いはないんです、といったことに固執してきました。 (P119)

A言葉の重さとかタブーに固執する限りは、どんなに表現が変わっても、言葉を変えても、中身はどこまでも同じで、それじゃ駄目だという視点が、いろいろな物事を分ける規準になっています。重さとかタブーにこだわるのは途轍もないことなので、出来るだけそこからはずれて軽やかに軽やかにゆくのが理想だと思っています。若い人たちはある程度それをやっているように見えます。 (P120)

B文学の世界で団塊の世代の代表というと誰でしょうか。たとえば村上春樹。軽くて華やかで、しかも物語性がちゃんとある。中上健次を除いては、団塊世代の作家はみんな言葉が軽く、内容も軽いというふうに、われわれの世代は往々にして見てしまいます。・・・・しかし、僕の評価はすこし違います。そういう軽さでつくられた物語は多数の人たちに、つまり中流意識をもっている九割の人たちにふさわしい、またそれに対応する文学だと思うんです。ですから、そういう文学をきちんと評価すべきだと私は思っています。  (P122) 

項目抜粋
2
Cかれら【註 村上一郎や三島由紀夫】は逃げる道を自分からふさいでしまったわけです。牢獄にしてしまう、重たくしてしまったのだと思います。僕は、どうやって逃げるかが第一で、絶対あとに引かないとか命がけで頑張るとかいうのは、駄目なんじゃないかという反省が徹底的にあったんです。どうやって逃げるか、どうやって卑怯者の論理を創りだすかが課題でした。
 日本では何とかして逃げ道の論理をつくらないと駄目なんじゃないかと考えたんです。言葉の重いままの極限というのは死です。命をかけてやるといったようなことは徹底的に駄目なんじゃないか。いかに逃げられるかという論理づけが出来なければ駄目なんじゃないか、ということを追求してきたんです。ですから、決して後ろめたさがなくて逃げているわけではないんですが、見掛け上後ろめたくないようなふりをして逃げちゃうという筋道を一生懸命考えて、生きながらえていると思うんです。
 言葉がきわどく対立して、あっちかこっちか、どっちをとるかといった局面になったときに、壊し方、元に戻り方の筋道をつくっていないシステムは駄目なんじゃないかなと考え続けてきたんです。ですから政治組織でも宗教組織でも、どうやったら自己解体できるかという筋道をつくっていなければ、全部駄目だと思うわけです。一生懸命やるのはいいけれども、どうやったらそこから抜けられるか、その筋道がないシステムは駄目だと思います。 (P139-P140)





項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
239 家族の未来 かぞくのみらい V 世代を超えて 対談 1993.8.24 こころから言葉へ 弘文堂 1993/11/15 こころから言葉へ


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@極端な貧困のために、両親が子どもの育児についても自分たち夫婦の愛の関係についてもいざこざが絶えなくて、乳児に影響を与えてしまうというこがなくなって、しかも中流として均質化して来ると、必然的に同性愛と異性愛とが対等になって、量的にも五割対五割というところに収斂していく、近づいていくことになりましょう。
 もう一つは、それとかかわりがあることでしょうが、父親たるもの母親たるもの、あるいは家たるものは壊れていって、男女は全部<点>になってしまうということだと思います。子どもは男と女の関係から生まれてくるんですが、それぞれが家庭というところに属するということがなくなる、つまり全部が<点>になってしまう。そういう状況に近付いていくんじゃないかとおもうんですが。 (P152)

A僕らの年代の日本的な育て方だと、乳児の間は母親は全世界になってしまっています。その世界が狂っていたら、子どもにとっての全部が狂ってしまう。そうだとしたら母親だけが全世界でないという育て方のほうが良いのかも知れない、という考え方もあるわけですね。
 もしそうなると、僕のイメージとしては父と子、母と子という関係で成り立つような、そういう家というのはだんだん消失していってしまうんじゃないかな、そんなふうに思えるんです。 (P153-P154)

項目抜粋
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項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
242 <こころ>と感覚作用のちがい こころとかんかく 解説 論文 『海・呼吸・古代形象』 三木成夫 うぶすな書院 1992/08/31 『海・呼吸・古代形象』 三木成夫


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文字以後の表現理論を言語以前へ拡張できる見とおし
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@わたし自身は仕事のうえで、この著者から具体的な恩恵をうけた。わたしはわたしたちがふつう何気なく<こころ>と呼んでいるものはなにを意味するのか、そしてその働きはどんな身体生理の働きとかかわっているのか、またわたくしたちが感覚作用とか知覚とか呼んでいるものとどこがちがうのか、ながいあいだ確かな考えをつくりあげられずにいた。そのくせ内部世界とか内面性とかいう言葉で、漠然と文学の表現と<こころ>の働きのある部分をかかわらせてきた。だが<こころ>という働きとその表出、また感覚のはたらきとその表出のかかわりと区別がどうしてもはっきりしない。 (P233)

Aこんなときこの著者ははっきりと決定的な暗示をあたえてくれた。この著者は内臓の発生と機能と動きを腸管系の植物神経に、感覚の作用を体壁系の動物神経に、はっきりと分けてむすびつけていた。そして肺の呼吸作用が体壁系の筋肉や神経作用にむすびついている側面をもつこと、また腸管系の入口である口腔と出口である肛門の両端は、体壁系の感覚にむすびついて脳の働きに依存しているが、その両端を除くと脳とのむすびつきはぼやけてしまい、ただ肉体の奥のほうで厚ぼったく、ずしりとした無明の情感や情念のうごきにかかわっている。この指摘と洞察は、とりわけわたしには眼から鱗がおちる気分だった。つまりわたしははじめて、長いあいだもやもや膜を隔てているようだった<こころ>とその働きがわかったとおもえたのだ。
 <こころ>とわたしたちが呼んでいるものは内臓のうごきとむすびついたあるひとつの表出だ。また知覚と呼んでいるものは感覚器官や、体壁系の筋肉や、神経のうごきと、脳の回路にむすびついた表出とみなせばよい。わたしはこの著者からその示唆をうけとったとき、いままで文字以後の表現理論として展開してきたじぶんの言語の理念が、言語以前の音声や音声以前の身体的な動きのところまで、拡張できると見とおしが得られた。もちろん内臓系の<こころ>のうごきはわたしの定義している自己表出の根源であり、体壁系の感覚器官のはたらきは指示表出の根源をつくっている。 (P233-P234)

項目抜粋
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項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
252 奇跡について きせき オカルト流行りの迷妄を正す インタビュー 超「20世紀論」』下 アスキー 2000/09/14 超「20世紀論」』下


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心理現象の問題じゃない
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@また、『聖書』に書いてある奇跡についても、ぼくはこれまで、「ちょっと信じられないな」というふうに思ってきました。でも、最近は、自分の信じる領域を少し拡大したというか、ある程度、そういうことはありうるんじゃないかと思うようになりました。

  【―それは、何か、きっかけがおありになるのですか?】

 知人の勧めで、十字式の気効術による治療を受けたことがきっかけです。

  【―それは催眠術的な効果、つまり、心理的な効果とは違うものですか?】

・・・・・・僕は、これは心理現象の問題じゃないと思いました。  (P94−P95)

項目抜粋
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項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
257 契機 けいき 公判中のオウム真理教を改めて問う インタビュー 超「20世紀論」』下 アスキー 2000/09/14 超「20世紀論」』下


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往生できる
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@人間の意志と無意志、あるいは意識と無意識、その両方が必然的に入ってくるものが契機だと思います。ですから、意識的に殺そうとしても、無意識では「イヤだな」と思っているために人を殺せないということがあるでしょうし、逆に、意識的に殺そうとは思っていなかったにもかかわらず、ケンカになって(個人同士のケンカに限らず、集団同士のケンカになったり、国家同士のケンカになれば戦争になって)、たまたまそこにナイフがあったために、そのナイフで相手を刺して殺しちゃったということもあるわけです。
 ”酒鬼薔薇事件”で逮捕された少年にしても、その少年は悪人だから往生できないかといえば、親鸞なら、「往生できる」というと思います。あの少年が殺人を犯したのも、「契機」があったからだ、ということになると思います。
 そういう「契機」をつくったのは、僕にいわせれば、母親の一歳未満までの育て方が悪かったからです。一歳未満までの育て方で、その子供の無意識の形成が行われてしまいますから。
   (P232)
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項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
260 見識 けんしき 21世紀への視点・「本当の考え方」とはなにか? インタビュー 超「20世紀論」』下 アスキー 2000/09/14 超「20世紀論」』下


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見識 世界性 酸素と水素
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@ロシア・マルクス主義もファシズムも、その限界がハッキリと見えています。思想的観点から眺めれば、基本的には、「ロシア・マルクス主義とファシズムは、その寿命が二〇世紀で尽きた」と僕は思っています。
 ロシア・マルクス主義の中で、理念と宗教の区別がちゃんと付いていたのは、レーニンとトロツキーだけだといえます。それほど、この二人は飛び抜けた世界性というか、見識を持っていたと思います。
 ですから、大多数の一般民衆が、レーニンとトロツキーのような飛び抜けた見識を持てるかといえば、それは難しい気がします。でも、じゃあ、一般民衆が迷妄から免れることはムリなのかというと、そうでもありません。僕だったら、こういうやり方をします。

A僕はよく、「吉本さん、あなたは日本から外に出たことがないのに、世界がどうとか論じている。どういう論拠で、あなたはそんなことを論じられるんだ?」と質問されます。
 それに対して、僕はこう答えます。酸素と水素を結合すると水ができることは、科学的に明らかなことである。誰が実験しようが、どこの国で実験しようが、その結果は同じじゃないか、と。
 だから、酸素と水素に該当するものが何なのかということさえわかれば、フランスのことだろうが、アメリカのことだろうが、ちゃんと論じられる。要するに、日本から外に出たことがなくても、世界性というのはわかるんだ、ということですね。

 【例.東ティモールのインドネシアからの独立問題への国連のかかわり方について】 
      (P270−P271)

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262 価値の源泉 かちのげんせん 21世紀への視点・「本当の考え方」とはなにか? インタビュー 超「20世紀論」』下 アスキー 2000/09/14 超「20世紀論」』下

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@
@【―情勢判断を下す際、いわゆる情報通的な知識はいらない、普通の人たちが入手できるテレビや新聞などの報道で十分だ、といったことを述べておられたことがありましたね】
 ええ。僕はそういうことを、三〇代や四〇代のときに、強調していたことがあります。それは、結局、価値観の問題なんです。
 「一番価値ある生き方とは何か?」といったら、活字、知識、思想、理念、宗教などといったものと、一切かかわりないところで二十四時間生きる―”純粋生活人”というか、そういう生き方が、一番価値ある生き方なんだ、というのが僕の考え方でした。それで、そういうことをいっていたんです。
 そういう生き方から離れれば離れるほど、どんどん生きる価値が減っちゃう。知的なものを最上と見なす生き方というのは、本当は一番価値のない生き方なんだ、と考えてきました。
 今、僕がそんなことをいうと、「お前、自分のことを棚に上げてモノをいっている」といわれてしまいますから、今は、そういうことを、あまり声を大にしてはいいませんが、「価値の源泉はそこにあるよ」っていう考えは、今も、どこか僕にありますね。   (P274−P275)

A「価値とはなにか?」を根源的に問うていくと、結局、他人にはわからないものだ、ということになっていくんじゃないでしょうか。
 たとえば、他人から見たら、あの人はのんべんだらりとしている、ボケーッとしている―いかにも価値のない生き方をしているように見えるかもしれませんが、実は、その人は必死になって、人間の生き方というものを考えているのかもしれませんからね。
 外側からその人を見たら、まったく無価値な生き方をしているように見えても、その人は最も価値ある生き方をしている、ということもありうるわけです。
 価値というのは、他人にそれが伝わるかどうかということとは関係なく、つまりコミュニケーションということとは関係なく、「ありうる」ということじゃないでしょうか。僕は、それが価値の源泉だと思います。  (P275−P276)

  【シモーヌ・ヴェーユの言葉に触れ】(P276)

項目抜粋
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項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
263 価値ある生き方 かちあるいきかた 21世紀への視点・「本当の考え方」とはなにか? インタビュー 超「20世紀論」』下 アスキー 2000/09/14 超「20世紀論」』下


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個人の全的自由の実現 マルクスの考え方
項目抜粋
1
@「どういう生き方がいい」ということは何もいえないし、また、それをいったらウソになる、というのが今の状況じゃないかと思います。・・・・・・現在、ウソをつかずに、せいぜい、いえることは、「個人の自由を奪う制約は、すべてダメだ」っていうことですね。もし、現在、あえて生きる目標を立てるというなら、それは「個人の全的自由の実現」ということぐらいでしょうか。「個人の自由を奪う制約は、すべて取り払って、個人を解放しちゃえ」ということです。それ以外の目標は、立てられませんね。
 

  【―人類という観点から見ても、「個人の全的自由の実現」こそ、目指すべき人類の目標である、  人類の歴史はそれに向かって進むべきである、ということですか?】

Aええ、そうです。人類の歴史が目指している、あるいは目指すべきなのは、結局、そこだと思います。

  【―それは理念ですか?そこに宗教性は入らないわけですか?】

B宗教性は入らないですね。それは、理念というか、理念が終わる究極の地点といいましょうか。マルクスは、そういう考え方をしていると思います。人間は個人として生きたい、個人として自由に生きたいにもかかわらず、やむをえず、社会や集団をつくらざるをえなくなった、というのがマルクスの考え方なんです。
 ところが、ロシア・マルクス主義やヒトラーのファシズムは、その考え方を逆転させ、社会や集団、国家といった公のほうが、個人よりも重要だとしてしまったわけです。
    (P277−P279)

項目抜粋
2






項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
294 原則 悪人正機 人生相談 週間プレイボーイ1999.5-2000.1 悪人正機 朝日出版社 2001/06/05

(追記)2023.5.2
吉本隆明・まかないめし 「ほぼ日刊イトイ新聞」
二膳目。(2001-08-30)
<第10回 自己評価より下のことは、何だってしてもいい。>
※見やすいように、発言者の間を一行空けた。

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自己評価 電波少年に出演した事情
項目抜粋
1

@ 僕自身はこんな原則をもってるんです。
 自己評価ってあるでしょう?自分が自分で、こういうことが得意だとか、この程度のことができるとかの評価をしますよね。その自己評価が正しいか間違っているか、それは別にどっちでもいいんですよ、あくまで自己評価ですから。
 それで、その自己評価よりも下のことだったら、何でもやっていいって考えてるんですね。
 人やモノを評価するにあたっては、その原則を逆に当てはめる。人に対して「あいつ自身の自己評価ってのは、このへんだろうなあ」って俺が思っているのがあれば、それ以上のことをやろうってヤツはダメだってのが鑑定基準ですね。
 このことは、自分の経験からわかったことですけどね、自己評価のもうちょっと上の、見せかけくらいだったらやっていいんじゃねえか、みたいに思ってやったことは、ことごとく失敗したんですよ。
  (P166−P167)



項目抜粋
2

吉本隆明・まかないめし 「ほぼ日刊イトイ新聞」
二膳目。(2001-08-30)
<第10回 自己評価より下のことは、何だってしてもいい。>

吉本 自分で、ある時点から
変化したというのは・・・。

「自分に対する自己評価、
 みたいなものがあるとすると、
 その自己評価よりも下に評価されることなら、
 何でも、やっていいんだ」
と、ぼくはある時から、決めちゃったんです。

「自己評価よりも高いもの」
に思われるのは、ごめんであると。

そういう仕事は敬遠して、
人が、ぼくの評価よりも
下だと思うに違いないと判断したところは、
「よし、そりゃ、やるよ」
っていうように、変えちゃったんです。

糸井 あぁ。わかります。

吉本 そこはやはり、昔からの熱心な読者は
「昔のとおりでいてほしい」と、
「昔の名前で出ています」
だと思っているから、しばしば、
「吉本さん、何でこんなところとつきあうんだ」
と、不満気に言われることもあります。

電波少年に出た時には、モロに言われました。
でも、ぼくからすると、向こうが何回も訪ねてきて、
やっとぼくがいる時に出会って、というので。

糸井 「悪いなあ」って。

吉本 だから、そちらの言う通りにします、と。

昔からの人は、
「何でそんなことをするんだ」と
言いますけれども、
違うんだよなあと思います。

ただ、どうしてもこれは
注文にならないなぁ、というものは、
ヒマがあったら少しでもやるさ、という程度に、
済ましているんですけどね。

でも、この範囲なら、自分の関心と交錯する、
というものなら、やりますよ、と思ってるんです。
注文にならないのは、
あくまで、ヒマがあればやるし、
できなかったらそれまで、と。

だけど、それは、たぶん、
自分のこどもには、
通じていないですね。
こどもは、
「少女マンガの人が、ある時期に非常に
 いい作品を描いちゃって、そのあとはそれほど
 いいものを描かなくなる」
というようなことを言いますが、
ぼくはそうじゃないと思っています。

「いや、マンガにも、
 『こうすれば流行る』とか、
 『時代の流行』だとかいうことも
 関係は、するだろうけど、
 マンガと言えども、
 『やっている』ことが重要だと思う。
 『注文があるからやる』
 というのでは、だめだよ」
とこどもには言っていて、
それはよく心得てはいるんだけども、
「なぜこういう人と付きあうんだ?」
と、ぼくが言われるあたりについては、
たぶん、わかっていないんじゃないか、
とぼくは思います。
そこは、通じていないと感じますね。

糸井 吉本さんは、
「自己評価から下のものをやる」
とおっしゃっているけれども、
自己評価よりも上のおもしろさをやる時の
誘惑も、とてもある、と、ぼくは思うんです。

「今まで考えてもいなかったものが、
 見つかるかもしれない」
と研究的な態度としておもしろかったり、
「上だと思われていたものが、
 実は非常に脆弱な基盤で成り立っている」
ということに対して、
「なあんだ」って
言いに行くみたいなおもしろさも、
誘惑として、もうひとつあると思うんですね。

そのへんについて、まずひとつ、
お話をしていただきたいんですけど。

吉本 糸井さんはご存知だと思うけど、
さきほどの「10年選手」の点で
まずひとつ前提があるとすれば、
「自己評価が正確である」ですよね。

「自己評価が正確でありさえすれば、
 ちゃんと仕事として成り立ちますよ」
と言ってもいいくらいで、
それはもう、誰でもそうだと思うから、
10年やりつづけた人が、おそらく
自己評価があまり狂わないことは、
前提にしたいと思います。
その場合は、
「思い込みをいくらしたって、
 自己評価は、あんまり狂わないよ」
と思うんです。

そのうえで、言っていますので、
だから、ぼくは、自己評価よりも
もう少し高度なことだとかは、
自分のヒマにまかせるだけであって、
それをやったところで、
どうなる、ならない、ということは、
ぜんぜん考えの外にあると、
そう、いつでも思っているところがあります。

いまおっしゃった、
「ちゃんとやってみたら
 実は、たいしたこたぁ、ないじゃないか」
ということは、ぼくは経験していまして。
学校を出てから2年間くらい工場勤めをやってから、
あとで2年くらい、
学校に帰ったことがあるんです。

そこで学者さんのやることに
つきあわされていたことがあるから、
「なんだ、このくらいか」というのは、
実感としてあるんです。

自分が学生時代に怠けていたことと重なって
「たいしたことがない」というのは、
そうとう早くから、わかっているというか。

糸井 はやくから経験してるんですか。

吉本 「この程度だ」
っていうことは、わかってるっていうか。
だから、あとから
「何だよ。たいしたことないよ」
と言うことは、別段、なかったですね。

糸井 たいした収穫も、なかったんですか。
吉本 なかったし、ないし、
たいしたこと、してないじゃないですか。
自分もそうですけど、研究室では
たいしたことをしていない。
(つづく)
2001-08-30-THU


 
(追記)2023.5.2

備考

吉本隆明・まかないめし 「ほぼ日刊イトイ新聞」二膳目。(2001-08-30)
<第10回 自己評価より下のことは、何だってしてもいい。>が、吉本さんの「自己評価」への考え方としてわかりやすいので、第10回を全文引用した。

吉本さんは、1996年8月に土肥町の海岸で遊泳中におぼれて一時意識不明の重体になった。その事故の後、テレビ番組「電波少年」へ吉本さんが出演した。わたしは見たことがあるし、ビデオにも撮っていた。DVDディスクの時代になってそのビデオは知らない間にいっしょに捨ててしまったようだ。上では、「自己評価」の面から、「電波少年」への出演に応じた理由が語られている。

「自分に対する自己評価、みたいなものがあるとすると、その自己評価よりも下に評価されることなら、何でも、やっていいんだ」と、ぼくはある時から、決めちゃったんです。







項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
297 言葉には根拠がない 悪人正機 人生相談 週間プレイボーイ1999.5-2000.1 悪人正機 朝日出版社 2001/06/05

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項目抜粋
1

@ それからこれも実感なんですけど、僕は自分の考えとして方言と民族語の違いは、地続きになっていると思ってるわけですよ。ずっと方言を延長していくとね、違う民族語になるって。そこに断絶はないと思ってるわけですよ。
 秋田弁とか、青森弁っていうのはあるでしょう。それと要するに韓国語とか、中国語とか、あるいは英語とかね、それとは
地続きなんだと思ってるわけです。・・・・・・・・・・・・・
 つまり、方言だからわかるなんてウソだって、そのとき思いましたよ。だから、その地続きのところに外国の民族語があるんだって考えです。
 民族語にわかれて十万年単位っていうふうに言われているんですけど、十万年単位で、わざわざ分かれちゃったんだから、それを今さらゴッチャにすることも、一緒にすることもないじゃないのって思います。ただ、強い国の、利用度を持ってるコトバがだんだん別の国のコトバに入り込んで占めてきたのなら、それでいいじゃないのっていう考え方になっていっちゃうんですね。そうしてコトバがなくなっていっちゃうんならいいじゃないのっていう。まあなくならないで残るっていうんなら、それはそれでいいじゃないのって思うし。
 なんか、なるに任せるってことでいいんじゃないかなと考えますけどね。
  (P244−P246)



A それから、もうひとつ、要するに言葉っていうのはね、全部根拠がないんですよ。つまり、例えば年上の肉親の女の人を「姉」って呼びますよね。じゃあ、どうして「姉」って呼ぶんだって。これをね、「妹」ってどうしていわなかったんだとか思いますよね。そういうことには根拠はないんですよ。何も。なぜお米のことを「米」って言うのかに根拠なんて、全然ないんです。コメって言わないでソメって言ったってよかったはずなのに、なぜコメって言ったのかといったら、それは偶然でしかないでしょう。
 だからコトバっていうのは、先述した民族語の違いでもいいんですけど、あまり根拠がないんですよ。つまり、民族語であるとか、方言だとかって言ってるけど、そんなものは何の根拠もないよって。あるとき偶然、誰かが「シスター」って言い出したから「シスター」になっちゃったということでしかないんですよ。そのくらい曖昧というか、不確定なものですから。


B 
人間そのものが持っている根拠のなさと同じでね。
      (P246−P247)

項目抜粋
2






項目ID 項目 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
298 悪人正機 人生相談 週間プレイボーイ1999.5-2000.1 悪人正機 朝日出版社 2001/06/05


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アフリカ的な声
項目抜粋
1
@ ところが、綾戸智絵さんっていう人は、もっと根源的っていうか、それはちょっと日本人には出せねえよっていう声が出ていますよね。いやあ、これは誰にも出せない、今まで聴いたこともないっていう声でした。
 そうですね・・・・・・北島三郎の声が北方アジア的な声だとしたら、その一方で、美空ひばりは、東南アジアからインドネシアのバリ島につながるような声だと思うんです。あの「芸能的」な歌いっぷりの部分を抜かしたとすると、そういう南の国の声だよって言えるんですね。だから僕は、その芸能的なところを取っちゃえばいいんだって思っていましたけど、そういうことで言えば、この綾戸智絵って人の声は、アフリカ的な声だなって思いました。

 いや、もちろん本当にアフリカのジャズシンガーがこういう声を出すかどうかは知りませんよ。でも、これは<声>として、やっぱりそういう<声>なんです。だから、日本人でどうしてこんな声が出せるんだ、どうやってこういう声を出すことを学んだんだ、と思いましたね。とにかく、こんな人がいるのかと、本当にびっくりしました。


A 僕は美空ひばりを高く評価していて、これはまあ、説明すれば、割と簡単なことなんだけど、日本の歌というか演歌の特徴っていうのは、要するに「音はみんな言葉なんだ」ってことですよね。
 例えば美空ひばりの「ひゅー」っていうような細い声は、それは<言葉>としてこちらが聴けるものだと思うんですよ。声じゃなくて、分節された言葉として聞こえる。これはもう、僕ら文学の畑で彼女に匹敵する人はいないなっておもってたくらいですが、とにかく、そういう特徴があるわけです。
 ところが、この綾戸さんの「アフリカ的」な声は、そういう意味での《言葉》じゃないんですよ。言語論で言えば、指示表出ではなく、自己表出ってことなんですね。何かを訴えてどうだっていうんじゃなくて、ワッと、自分の、内臓の言葉を、動きを言葉にしちゃったっていうか。これは結果として、彼女の声を聴いた人も、ワッとなっちゃいますよねえ。感嘆詞のようなものに近い言葉というか、それによく似ています。
 これは、ちょっと日本列島では出しようがねえっていうか、アジアからは出ねえよっていうものですよ。彼女が日本人じゃなかったら、あり得ることかもしれないけど、実際、こういう人がいる。
      (P251−P253)

項目抜粋
2






項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日
320 価値論 かちろん 私の文学―批評は現在をつらぬけるか インタヴュー 「三田文学」 2002.夏季号


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項目抜粋
1

@ もう一つ、それこそ言語論的に言えば、僕が「自己表出」と言っているものは価値論に対応しますね。経済学の価値論でも倫理的価値論でも何でもいいんですけれども。一方で「指示表出」と僕が言っているもの、あるいは感覚的なものに関連するもの、それは概して言えば意味論に該当するというふうに思うんです。
 ですから、意味と価値は違うんだということを、自分なりにはっきりさせようという意図が、『マス・イメージ論』や『ハイ・イメージ論』のときには自分なりに固まってきていたんですね。そうなる前には、とにかく価値さえ提供していれば人が読もうが読むまいが、そんなことは関係ないんだと思っていた。
 ただどっちがいい悪いというのは、もしかすると価値論でも、文学だって文学的価値とか芸術的価値という言い方があるように、あくまでも自己表出が主体だということを前提にしている。それを崩すと、いわゆるベストセラー本みたいになったいっちゃうんじゃないか。おもしろおかしい物語性があって、意味深く描かれていれば、その方がいいんだと思っちゃうんじゃないか、そういう危険性があります。
今もそう思っていますが、やっぱり自分が書くときには価値論が主体だ、第一義だということは確かであって、意味の要素は前は全然考えていなかった。けれども意味とかコミュニケーションということを少し考えないと、ひとりよがりじゃないかと自分でも思い出したのは後のほうですね。
   (P160)

項目抜粋
2
 【 田中 言ってみれば、吉本さんの言語論で言う指示表出的なものを『マス・イメージ論』とか『ハイ・イメージ論』では追っていた、と。】


A そうですね。文明論みたいなものと結びつけて考えれば、そういうことになるんじゃないかと思ったわけですね。
   (P160)


備考






項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
324 言葉の重さ ことばのおもさ 戦中派の生き方  インタヴュー 新・死の位相学 春秋社 1997.8.30 新・死の位相学


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島尾敏雄 高村光太郎
項目抜粋
1
@ 戦中派といったばあいの分け方は、戦争をくぐってきているので、生死が日常生活のわれたところから強引に近づいてきたというか、家族のなかで習い覚えた生死観が、戦争という極端なかたちで試されることがあったといえます。そこまでは戦中派は一様に体験していて、そこから後の戦後の歩みによってちがうのではないかとおもいます。
 
ぼくのばあいを振り返っていうなら、戦争中の<死>というのは何を支えにすれば可能なのかということばかりかんがえていました。絶対的なものが設定できるなら死と交換してもいいということが眼目だったんです。しかし戦後になってからは、百八十度転換し、生という貴重品を、死と交換できるとかんがえてきた絶対的なものを崩すことによって展開できないものかというふうに移行してきました。生というものがどんなに重いものかという考え方を獲得するために、どう展開していったらいいのかという問題、それがぼくの基本的な課題だったといえます。

 こうした考え方の典型的な例を挙げると、作品に表現している人として島尾敏雄がそうです。島尾敏雄は戦争中、学生出身の海軍特攻隊の将校で出撃を待っていた。そのころに、たまたま墜落したアメリカ軍の飛行士にたいして墓を建てて弔った。戦争中の考え方からすれば、死と取り換えられる絶対的なものがあるのだから、敵軍であるアメリカ兵士なんかそのまま放っておいていい、むしろ斬り捨てるべき者なのだから放置したってかまわないというのが通念でした。ところが島尾隊長は、日本に攻めてきたそのアメリカ兵を葬り、木の墓を建てて弔った。死と等価なものを追求している戦争中の通念からすれば、敵の兵士の死を弔うということはできないんですね。そういう行為は、絶対的なものを相対化する不純な要素として非難されたわけですから、当時の日本人の観念からは出てこないものなんです。ぼくはびっくりしましたね。
 特攻隊となって、兄弟や同胞のため、天皇のため、それぞれ死の支えとなるものがあるということは、当時の論理や風潮からも、ぼく自身がそこへいけるとおもっていましたから、ぼくは驚かないのですが、
島尾敏雄の敵兵を弔うということは、これは俺にははじめからできなかったものだとびっくりした。戦争中の観念のどこをとってきてもそうした行為をする要素はぼく自身のなかにはなかったものです。
 そのことがぼくの、なぜ生というのが重要であり、生きつづけることが重いかを戦後かんがえていく出発になったとおもいます。
こうした島尾敏雄の行為は声が低いんですね。何かにむかって主張するようなものではなく、沈黙のうちに振る舞う。戦後のさまざまな思想の移り行きのなかで優柔不断と見間違うほど声が低い。しかし、戦争中そういうことができた人は強い人だといっていいでしょう。だからぼくなんかはふと、ともすれば声が高くなりかけるばあい、じぶんを相対化してみるという基盤にかえるんです。
 だから島尾敏雄は、じぶんは戦争は好きじゃなかったけれどいやいやながら行ったなんて声高に主張しない。戦後になってからそれを主張する人もいますが、ぼくはそこから得るものはないとおもっています。
 戦後から現在まで、スッキリしない風潮というか、ある種のまだるっこい状態が流れているといっていいとおもうのですが、そのこと自体をちゃんと見なければいけないという心がぼくには働きます。それは、戦中派の人たちが戦後の生をどうやって肯定的な対象として生きえたかというとらえ方で出てきたとおもいます。 
                (P223−P224)



項目抜粋
2

A いままでのところでの光太郎の戦中・戦後、あるいは戦前の印象で、ぼくらがほんとうの意味で突きつめてかんがえていないなとおもうのは、
この人の表現の重さとその責任の問題だろうとおもいます。フーコー流にいえば「言葉と物」の関係ということです。
 光太郎が言葉にたいして持たせた重さと、この人の生涯にわたった責任感をかんがえると、この人は言葉というものと、現実の物とか出来ごとはイコールとかんがえていたんじゃないか。それはいろいろな言い方があって、社会環境あるいは社会情勢的としてみてもいいし、また政治情勢としてみてもいいし、日本近代全体の問題でいえば、天皇制という問題としてみてもいいんですが、その問題とじぶんの表現した言葉とはイコールである。光太郎の身の処し方をみていると、そうおもえるんです。
 ぼくらはそこが追求しきれていないんです。光太郎の表現をみていると、戦争中はこういう表現の仕方をしていて、戦後はこういう詩を書いた。戦前はこうだった、と。戦後はじぶんの「生き方」としてわざわざ地方に隠遁して、そこで人に迷惑をかけないように独居自炊していた。こういう生活をすることで、じぶんが戦争中にうかうかと軽みをもって表現してしまった言葉の責任をとる。こういうかたちで終始した。そのへんまではじぶんなりに追求したようにおもうんです。
 しかし、ほんとうを言うとそうじゃないんじゃないか。光太郎は、出来ごととか、社会的な現象とか、政治的な現象とか、あるいは伝統をもった民族性の象徴というか、いわゆる天皇制というものとイコールの重さで、じぶんの言葉の重さをかんがえていたんじゃないか。そこまでは、ぼくはじぶんで追求していない。言葉を戦争中にちょっと軽く使いすぎたから、これの償いはじぶんの残りの生活でしなければならないという意味あいでは、大変な身の処し方をした人だ。これはじぶんには及びがたい責任のとり方だとおもってきましたが、ほんとうはそうではない。そこの問題をもう一度、この人の詩と、彫刻も一種の言葉の表現とみるならば、彫刻の問題も含めて根本的に考え直さなければいけないんじゃないか。・・・・・・(中略)・・・・・それ自体に心の動きがあって、その表現として言葉があると解さないで、言葉というのはイコール物というか、出来ごととか制度とか、もっと日本の問題でいえば、伝統的な天皇制なら天皇制の問題、あるいは信仰の問題であるとか、そういうふうにかんがえたふしがあるとおもいます。
 そうしたら、光太郎の戦争中から戦後にかけてを、戦前と対比しながら、もう少し本格的にやらないといけないんじゃないかとおもうんです。そこがいままでいちばんできていない。ありきたりにしかできていないなとおもうところなんです。だけど、この人はもっと言葉を、実際に重さがあるというぐらいに、重たくかんがえていたんじゃないかとおもいます。そこのところを根本の問題として、光太郎の書いたものを検討し直さなければ、この人の戦争の責任のとり方はほんとうには解らないんじゃないか。そういう感じがしてしょうがないんです。

                (P231−P232)


B ぼくは逆向きに否定的な言葉ばかり発していますが、高村光太郎とおなじで、そういうふうになれない人が、お正月になると宮城前へ土下座して、参賀というかお参りする。元旦の式典に出て、天皇が手を振ったりするのをわざわざ行って見る。旗を振るだけの人もいますが、もっと丁寧な人はいまでもちゃんと砂利の上に座って頭を下げているでしょう。そういうのを見ると、何ということをしているんだとはおもいますが、あれはほんとうにばかじゃないかとはぼくは言えないんです。じぶんだって戦争中まではそうやっていたんだから、している人の気持がわからないことは絶対にないんです。言葉ではぼくは否定的なことばかり言っていますが、そういう人がいても、それはばかだと言うわけにはいかないし、ばかだと言ってはいけないとおもうから、絶対にぼくは言わないんです。
 だから、それはちょっとおっかないことなんですが、高村光太郎のばあいは、言葉はそれぐらい重たくかんがえられたようにおもいます。そこで問い直すと、戦後の作品も、戦争中の作品も、戦前の作品も、ちょっとちがう解釈になるかもしれないという感じがします。

  ―ですから、光太郎にあってそのへんの情況への発言がわりに厳しく出てくるのは、もう一方に言葉の重みを知らないで糾弾する側に回っ   て発想する人たちを徹底して意識しているからなんでしょうね。 【註 インタヴューアー】

 そうなんです。新年の参賀で土下座なんかしているのは土人なんだという言うでしょう。それじゃあ、おまえは土人の息子なんだと言う以外にない。しかも、子どものときには土人とおなじように、頭を下げていた。目がつぶれるぞとか、頭を上げたらとんでもないぞ、かならずおまわりに引っ張られていってしまうと脅かされて、そういうふうにやってきた人間でしょう。だから、ぼくとしてはそれは他人事じゃないよとおもっているわけです。もし高村光太郎的に言葉の重さをかんがえるということを一度でもしていないと、これからでもしっぺ返しがもう一回くるときがあるかもしれないとおもっているところがあるんです。
 
オウム事件も、ある程度はそのしっぺ返しだとぼくはおもっています。ぼくなんかにとってはなおさらそうで、おまえは戦争中、一種の絶対感情として、天皇にたいして生き神とおなじような扱い方をしてきたじゃないか。そういう人間が、オウムの弟子の人たちを非難できるのか。
 麻原彰晃を生き神とおもっている人もいるし、脱会して沈黙する以外にないと言うお弟子さんもいる。あるいはぜんぜん正反対で、私はあんな人にだまされてばかでしたと言った人もいる。終戦後のぼくらの天皇への態度とおなじように、あんな麻原なんかにだまされて、それはじぶんのぬかりでしたと言って、検事の証人として出てくる。
 ぼくに言わせると、本格的な意味では全部非難できない。おまえだって天皇にたいしてそうだったじゃないか。言葉のうえで天皇制を否定するみたいなことを言っても、おまえだってそうだったじゃないか。おまえは逆に寝返りを打ったとおなじじゃないかと言われると、そうなんですね。ただ、これは理解する価値がある。なぜならば、これを追求しないで放っておけば、言葉にたいする重さというのが狂ってしまって、こういうことがまだこれからもありうるみたいな気がしてしようがないんです。だから、少なくともじぶんにはそういう意味の非難はできない。

 あとは、一個の思想として、じぶんなりに納得できるまで検討しなければいけない。とくに麻原彰晃という生き神が、どの程度の人で、どの程度の欠陥を持っているとか、そういうこともはっきりさせようじゃないかという気持はあるんです。これは天皇にたいしてもおなじで、ああいう生き神さまという概念になってくると、その人の人格がどうだということはあまり問題にならないんです。どれだけ利口であるかとか、ばかであるかとか、そんなことを言ってもしようがなくて、これを生き神さまとした人間にとっては関係ない。
 その問願【註.問題?】があるから、ぼくとしては、これを非難してどうだということよりも、これを解明しないと、こういう問題はまた再びというか、三度起こりうる。おまえはいま気持よさそうに否定の言葉を吐いたり、非難の言葉を吐いているけれども、またなにか類似のことが起こったらそうなるんじゃないか。
おまえはそんなに言葉を重く使ってないぞ。そう言われると、どうも納得せざるをえないところがあるんです。だから、もう少し高村光太郎についてもやってみたい。
                (P235−P238)

【註.『戦中派の生き方 』の「追補」「高村光太郎の言葉の重さ」 】


備考 註.






項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
327 近親相姦の禁止 きんしんそうかんのきんし 第二章 フロイト、ユング、そして人生  対談 遊びと精神医学
―こころの全体性を求めて
創元社 1986.1 遊びと精神医学


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項目抜粋
1
@ そういうことは問題のような気がしますね。つまり一緒に住んでいますと、馴れといいますか、小刻みに、あるいは微分的に性的な欲求を遂行しちゃっているから、ほとんど意味をなさないようになっちゃうんだと解釈することもできるでしょう。でも逆にたとえば同じ母親と父親から生まれた兄弟姉妹であっても、もし別のところで育てられて、初めて出合ったら、もちろんそれは一個の男または女として見て、そこで性的な関係が起こったりするでしょうからね。
 だけど同居性というものの意味がおっしゃっるとおりで、禁止というふうに、あえて制度的な言葉を使わなくても、ひとりでに馴れということ、あるいは微分的に解消しているということが、一種の禁止と同じ役割を果たしちゃっているという理解の仕方は、できるような気がしますね。
 それは確かに動物でも、そういうことがありますから、一緒に同居して、飼っている動物は男女であっても、擬似的にそういう行為をしたりするけど、外へ行って遊んでくるみたいなことが多いですね。(笑)傾向としてはそうですね。だからそういう
禁止
は人間的な概念で、本当はそれは生物的な行動からいえば、いわば微分的に性的な欲望を、目に見えないように解消しちゃっていて、そしてそれが馴れを形成するということで、近親相姦のタブーというようなことは、あてにならないといえそうな気がします。
 ただ僕は、家族というものと親族というものとの展開のところには、近親相姦の禁止というようなことが、あんまり問題にならないような気がするんですけど、
血縁というものの体系がもう少し上位の集団概念というか、部族とかの社会を形成していくという場合の飛躍といいましょうか、そこのところでは習慣的な馴れがイコール近親相姦の禁止という概念と同じなんだという範囲でなくて、性的な馴れということと、禁止という制度的な概念とを分離して考えます。そこのところで初めて制度としての禁止が要るような気がします。
 それをあえて意識としての近親相姦の禁止ということを、共同体がちゃんとやらないとなかなか親族以上の集団形成といいましょうか、血縁集団以上ができにくいことはあるから、そこのところで初めて意図的に近親相姦は禁止するのであるみたいなことを、掟としてつくっちゃう気がします。
 もっとも生物行動的にいったら、そんなものはあてにならないし、そんなのはただの馴れだというふうにいっちゃえば同じことじゃないかなという気は、確かにしますね。
                (P142−P143)


項目抜粋
2
備考






項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
331 心のなかの三つの層
こころのなかのみっつのそう <個>としての病理現象  対談 時代の病理 春秋社 1993.5.30 時代の病理

対談者 田原克拓

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中間層 表面層
項目抜粋
1
@ ぼくはいま、人間の心なり精神を決定している要素をおおざっぱに三つに分けてかんがえています。ひとつは、人間の心の「核」にあるのは、胎児の時と一歳未満の時のあいだでの母親との関係、その時の母親との関係の障害が無意識のいちばん底のところに収まっているだろうとおもわれます。そのつぎは、乳児の時から幼児期までに、これも主として母親ですが、それと家族とか、もうすこしひろげれば親戚とか、近親者との対人関係のなかで形成されるものがかんがえられます。それは無意識に入っていたり、意識の方に出てきたりという出方をする心の「中間層」にあたります。そして三つ目の「表面層」のところの大部分は、その手前の無意識のところから規制されていく面があって、だいたい意識的な振る舞いとか、意識的なそのひとの性格を形成しています。カウンセリングにひっかかってくるのは、つまり矯正も正常化も可能であろうとおもえるのは、「表面層」の部分と「中間層」の部分と、そのくらいだろうとおもいます。ひじょうに深刻になってきた問題は、一歳未満か胎児の時の対母親関係に限定され、決定されちゃうだろうとおもいます。だからそこまで入っていかなければどうすることもできないでしょう。・・・(中略)・・・・・だいたい「分裂病」の極限になっていけば、一歳未満の時と胎児の時と合わせた乳胎児期における母親との関係の障害が、対人関係のなかでも表に出てきちゃうというのがぼくの理解のしかたです。
 ともかくも心の経験のしかたはだいたい三つの段階に層を成しているというふうにかんがえられるんじゃないでしょうか。だから、田原さんのいわれる「因果関係の理解」をおしすすめていけば、だいたい解けていくという考え方は、幼児期から思春期にかけて形成される精神の輪郭の表面の部分と、その中間の無意識の部分のところでは、とても有効なやり方なんだろうなとおもいます。これは森田療法でもそうだとおもいます。
            (P46−P47)


項目抜粋
2
備考






項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
338 <欠乏>の
<倫理>から

けつぼうのりんりから <社会>問題としての病理現象  対談 時代の病理 春秋社 1993.5.30 時代の病理

対談者 田原克拓

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「新宗教」といまの「新新宗教」とのちがい 中世の新興宗教
項目抜粋
1
@ かつてのたとえば、初期の「創価学会」とか、つまり戦争中より戦争直後から起こった「新宗教」といまの「新新宗教」となにがちがうかといったら、主唱者が「新宗教」のばあいには、どんなに<超人的>な能力を示すということがあったとしても、<超人的>なというのだけを前面に出してもひとはついてこない。なぜかといえば、「新宗教」のばあい、戦争直後の混乱になんらかの意味の、どうやって生きたらいいのかとか、どうやって生きるのが正しいのかといった<倫理>を前面に押し出さなければ、宗教なんていくらいったって成り立たないよということがあったとおもうんです。だから信仰の強さといったって、<倫理>の強さということを前面に出さないかぎりはだめだ。<超人的>だということだけを示してもひとはなんともおもわない。大切なのは、明日食う米があるかとか、どうやったら就職できるかとか、職につけるかとか、一家を養えるかとか、そんなことがあるんだから、それを救済するというなんらかの意味で<倫理>的なものが前面に出されなければならないので、それが「新宗教」のメルクマールだったようにおもうんです。いまの「新新宗教」は、そういう意味あいの<倫理>は必要ないといいますか、つまり、もうただ生きて生活して、みんなとおなじというならだれだってできるし、ちゃんとしているんだということになっているから、人間以上の問題というか、<超人的>な体験なりイメージなりを前面に出せなかったらだめなんだということが、「新新宗教」の特徴のような気がします。
                (P172−P173)


A 本来的にいえば、社会倫理とかそういうものが吸収すべきものなんですが、ぼくの考え方からすれば、いままで通用してきた
「<欠乏>を基準にした」<倫理>のつくり方では、ほんとはもう通用しないんじゃないかとおもうんです。つまり、「<欠乏>をもとにした」<倫理>、あるいは<正義>のつくり方は、<欠乏>を知らないといいますか、いまの先進資本主義ではあまり通用しないんじゃないかなとおもえます。だから、もっとちがう<倫理>がつくれれば、たぶん若い人たちはこの「新新宗教」にひかれないだろうなとおもうわけです。田原さんの言葉でいえば、<超人性>なんてそんなのないんだよということになるとおもえるし、ほんとはこの「統一教会」の主唱者でも「幸福の科学」の主唱者でも、田原さんのところへカウンセリングにやってきてもらいたいようなひとであるんですが、その<超人性>が通用しちゃう。それは旧来の<欠乏>した<倫理>は、もう無意識のうちに若いひとには通用しないからなんじゃないかとぼくは解釈します。
                (P182−P183)


項目抜粋
2
B 新興宗教を否定することは簡単なことで、つまり教義なりを読んでみればいかにばからしいことをいっているかすぐにわかります。だけど、これを信じているひとにはそういう言い方をしても通用しません。これをかいくぐって、それはそうじゃないですよというためには、<欠如>を主体とする<倫理>じゃない<倫理>はありうるか、ありうるとすれば、その<倫理>はどういうあらわれ方をして、どうあるべきかということがつくれないとだめなんじゃないかというのが、「新新宗教」についてのぼくのおおよその理解のしかたです。
                (P184)


C 中世の浄土宗とか日蓮宗とか曹洞宗とかの当時の新興宗教は、<超人的>というのはやめようじゃないか、つまりこれ<倫理>の言葉とか<倫理>の行ないとかに直さなかったらだめなんだというかたちで、それぞれの宗旨、宗派はちがうんですがやったようにおもいます。なんといったらいいか、倫理的な教義の純粋化といいますか、純粋化と倫理化がいっしょになってというかたちであったとおもうんです。現在の「新新宗教」はその逆であって、旧来の<倫理>がだめじゃないかとおもわれはじめたときに、いままであった<倫理>を純化してもう一度新しく通用する<倫理>をつくろうとするところはどこにもなくて、従来の<倫理>は基本的には終わっちゃったというかたちになっている。やっぱり<超人的>なといいますか、<超常的>なことにもう一回入っちゃっているような気がします。これはある意味で新しい現象なんじゃないか、つまりもう一回ここからちがう宗教<倫理>なり社会<倫理>なりが出てくる兆しなのかともおもえますし、またこれは一種の逆行現象というふうにもおもえるわけです。両方の理解のしかたができるとおもいます。


 しかし、ここから得るところがなにかあるとすれば、視覚とか感覚とか聴覚とかについて考え直さなければいけない契機を与えてくれているような気がします。<倫理>につてとかそのほかについて得るところはそんなにないようにおもえます。ただぼくらは、宗教と宗教じゃないものの境界線のどちらにも行けるような、なにか人間の精神の働きに関心をもってきましたから、そういう意味あいでいえば、これはまたちがう理解ができるんです。否定的な理解になってしまうんですが、信仰とそうじゃないものの境界というところからいったら、どの「新新宗教」のどの教義をみても、やっぱり「間に合わせ」すぎるという感じがするんです。ただ「新新宗教」というのは感覚ということではとても興味深いし、そこは得ることができるところです。どこへこの方向がいって、どうなるのかということはいまのところわからないし、<倫理>の考えどころだという気がします。
                (P186−P188)



D ただいえることは、つまり「新新宗教」たる根拠はそこだとおもうんですが、こういう過程を全部あからさまに出しているんです。昔の高僧だとこんなことはちっともいわない。いわないようにしているんです。ああ、東洋の宗教の面からみた極限というのはこういうことなんだ、倫理的な極限はまたちがうとおもいますが、いわゆる修行としての極限はこういうことなんだ、ということを全部いっているわけです。こういうことをやっていたんだということなんです。


 もちろんじぶんがやっているほうが正常だとおもいたいわけだし、ただ、存外そうはいえないぞとおもえるところは、麻原彰晃は母親の胎内までイメージを人工的にといいますか、修練によってつくっているわけでしょう。・・・・・(中略)・・・・・・この未開時代のアジアといったらいいのか、オセアニアとかインドの沿岸部といったらいいのか、そういうところに現実に蔓延していた人々の考えを麻原彰晃はちゃんとイメージでつくっちゃっているということになる。つまりこのひとのやっていることは、人類史の意識の発達段階をわりに素直にイメージにつくっちゃっているんだよとかんがえれば、これはかなり根拠があるといいますか、かなり妥当なことをやっているんだよということにもなるような気がします。「新新宗教」のいちばん先までイメージを表現しているようにおもいます。
 そうしたら、そこまでじぶんでイメージをつくったが、それでもって人間はどうすればいいか。あとは、善いことをしたほうが悪いことをするよりはイメージが浮かびやすいんだといっているだけなんです。だから、人類はみんな坐ればいい。究極にはそれ以外のことはいっていないわけです。<超人的>なものが人類の終末を救済できるといっているだけで、やっぱり<倫理>をつくれていない。<倫理>をつくれていないということは、歴史的にいままでやってきたこの社会に、いかに生きるかということについて、解答をすこしも出していないじゃないかということになりそうにおもうんです。
 だから「新新宗教」も「新宗教」もそうですが、ほんとはもうすこしもたついたほうがいいところを、こうすれば幸福になれるよとか、こうすればできちゃうよとか、どっかで近道をふんでいるという感じをおおえないんです。これを近道なしにこの歴史的な「今」を生きていこうというならば、やっぱりいろんなことにぶつかって、簡単にうまくいかないというか、そういうほうが真っ当な気がするんです。そこの問題を出してきちゃっているとおもいます。
               (P199−P201)



備考



項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
388 個人としての個人と社会的個人 こじんとしての U 米沢高等工業時代 インタヴュー 吉本隆明「食」を語る 朝日新聞社 2005.3.30

聞き手 宇田川 悟

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個人としての個人 社会的個人
項目抜粋
1
@ そうだと思います。あそこの体験がなかったら、やっぱり都会だけしか知らないで、どこでも時間は同じで、というふうになったと思いますから。
 だから、初めはマルクス的な考え方は納得できなかったんです。マルクスは、男と女の区別もないし、身障者と健常者の区別もないし、体力がある人とない人の区別も一切ない。時代の社会水準というか経済水準、生活水準というのを確定するときには、区別は一切なくて、全部同じ、全部一人前というふうに考えるんですね。これは、初めは納得しがたいなと。具体的に言えば、女の人と男の人とでは体力も違うし、怠け者とそうじゃない者も違うし、身障者とそうじゃない人とは違うし、遅さ早さみたいなのも違うし、これを平均的に一緒にしちゃうというのはおかしいんじゃないか、そんな大雑把なことでいいのかみたいなことで、ずいぶんつっかかったんです。後々には、社会全体性として、全体の水準、時代の社会水準とかを言う場合には、これでいいんだなと納得しましたけど、個人としての個人というのと、社会的個人というのとは違うことなんだというのは、よくよくそこのところで考えさせられました。
 それは、今でもそういう考え方をしています。個人としての個人は、なにを志してどんな職業につこうと、大金持ちになって貧乏を脱出しようと思って儲けようと、そんなことはどうでもいいというか、個人としての個人がなにになったってどうしたって、そんなことはその人の問題だから、それをいけないとか、悪いとか言われる筋合いはない。ただ、社会的役割、社会的に見られた個人というふうに考えた場合には、倫理に反するのではないかと思われることをするとか、すごいお金持ちの人がそうじゃない人を故意にいじめたり苦しめたりすることは、いけないことだ。それだけのことで、それは分離して考えないとだめだと、今でもそう思っていますけど。そういうようなことは、よくよく考えました。
                            (P70−P71)


項目抜粋
2


備考




項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
394 外国文学の受け入れ方 うけいれかた X 老年を迎え、今、思うこと インタヴュー 吉本隆明「食」を語る 朝日新聞社 2005.3.30

聞き手 宇田川 悟

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受け入れ方の欠陥
項目抜粋
1

@ 僕は十九世紀末までのフランスの文学というのはかなりよく知っている。それで、受け入れ方の欠陥もよくわかっています。つまり日本のフランスの文学の受け入れ方は、今もそうですけど、みんな文学青年にしちゃうんですよ。
 たとえばアランという哲学者の文章はその当時よく翻訳されていたんですけど、戦後に選集が出て、僕らアランというのは名前はよく知ってるから、それで改めてどんな人かというのを自分で確かめてみたくて買って読んだんです。そしたら、アランというのは、フランスの戦前の社会主義ないし共産主義運動が壊れて、分かれちゃってばらばらになっちゃった、そういう時期のアナーキズム系の左翼の筆頭のひとりだったし、そういう文章をちゃんと書いてあるんですよ。
 アランはただの芸術哲学の哲学者というふうにしか日本では紹介されていなくて、人生論とか恋愛論とか、わかりやすい、いい文章を書く人だという評価になっていて、僕らもそういう頭で理解してましたけど、なんでこんなのを抜かしちゃうんだと。この人はアナーキズム系のラディカルな思想家で、実際、自分たちの文化の指導者だという、政治的な宣伝文に近いようなことも、まともな論文もちゃんと書いてるんですよ。それを日本の仏文学者というのは抜かしちゃったんですよ。政治向きのことは、当時やかましいこともありましたけど、一切無視して紹介してるから、こういうことになるんだ。ちゃんと読んでみたら、冗談じゃないよ、そんなちゃちな人じゃないよというふうなことが、僕らは戦後選集が出て読んでみて初めてわかって。そういうことは日本では取りのけちゃうわけですよ。この伝統は今でもそうで、フーコーなどもみんな文学青年になっちゃうじゃないですか。
                           (P221−P222)


項目抜粋
2
A いや、だから僕らそれを自分なりに大修正しようというふうに思ってやっているんだけど、なかなか修正できなくて。文学青年だけは残ってるし。おっしゃることはよくわかる。それは全面的に肯定で、決して自分は違うとは言わないですよ、その通りなんで。修正していく過程というのは、固有の文学について言えば、これじゃだめだというのが続いてるんですね。
                           (P226)


備考




項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
398 個人としての自分と社会的個人としての自分の区別 くべつ 第一部 身体
第一章 身体
インタビュー 老いの超え方 朝日新聞社 2006.5.30

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自己としての自己 社会的な自己
項目
1
@ つまり、自己としての自己と、社会的な自己というのは分離しないとだめなのです。その分離がシュムペーターにはできていない。だけど、マルクスはできているんですよ。それはすごく違う。個人としての自分と社会的個人としての自分が区別できていないと、どっちかに行ってしまう。つまり、個人としてお金持ちになりたいと思おうが思うまいが、そんなことは勝手。自由なんですよ。誰かが大金持ちになってもそれはよかったじゃないかと言う以外何もない。
 
例えば、マルクスの生きた時代に、蒸気機関が発達したから産業が飛躍的に発達したと歴史家は言うのですが、マルクスはそういうことは言ってない。言ってないから問題にしていないということではなく、それは自然に利用すればいいということだけであって、それに余分なことは言わない。個人として貧乏だろうが金持ちであろうがそんなことは自由。ただ社会的個人となると、能力があったから金持ちになったという人もいるだろうし、病気になったから貧乏になったという人もいるだろうし、いろいろ理由はつくわけです。
                          (P46−P47)
項目
2
A 僕が今、考えているところでは、先ほども出てきましたが、やはり自分の中の個人、家族を入れてもいいですが、血縁としての一個人というのと、社会的個人といいましょうか、社会の中での個人というのを、老人ご自身が自分の中で自覚的に分離することができるのが理想だと思います。それが自分の中でうまくできていなければ、結局、外側から区別される、あるいは混同されて扱われることになりますから。自分の中で区別されていればその選択ができると、僕は思います。

 −自分の中にあるものというのは、先ほどおっしゃった「超人間」という思想にもつながるということですね。

 「超人間」というのがいるわけがないと言えばいるわけがないけれどもそういう考え方はあり得るわけです。ご老人は、そういう身体的な要素も含めて、意識するとか意思力を持つというのと、実際にその意思力に従って何かするということとの分裂が、普通の人と比べると、はるかに大きいです。これを身体の動きが鈍くなった、あるいは神経が鈍くなった動きだということだけで解釈されては、これはかなわないとなりますし、若い人との分裂がますます激しくなります。自分の中で分離してあればいい、それが第一のことではないかと、僕には思えますね。
                          (P56−P57)
備考






項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
400 北朝鮮について きたちょうせん 第二部社会
インタビュー 老いの超え方 朝日新聞社 2006.5.30

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項目
1
@ 今の北朝鮮でこういうところが悪いとみんないっているでしょう。でも、僕はちょっと違って、あれは半世紀前の日本と同じだと思って、みんな嫌でしょうが、戦中派の嫌な感じはちょっと違って、そっくりだとか、ああだったなとか、自分もその中の一人だったよなとか、そういう嫌さですね。自分の戦争中の過去を暴かれているみたいな、そういう嫌さで、ちょっとたまりません。だから、ちっとも好ましくはありません。でも、あれをばかにしてという気は全然ありません。つまり、おまえもやっていたじゃないか、同じじゃないかということになると、それもできない。何とも言えない嫌な感じですね。

A 僕は戦後、自分は軍国少年、軍国青年だったと言うことにしていますが、それは本当を言うと二つに分けないと。社会的個人というのと個人的な個人、こちらはまあまあ楽しかった。しかし、社会的個人、こっちはとんでもない話です。今の北朝鮮やブッシュのやっているようなことを見ると、これもまた嫌な感じで、これは普通の人とは違います。
 何が嫌かというと、要するに、あいつらはああいうずるいことを言って、ドイツ、イタリアのファシズム、日本も軍国主義ファシズムだったみたいなことをアメリカに言われて、真珠湾は奇襲攻撃で、今で言えばイラクのテロだからそれをやっつけると言っている。冗談じゃない、弱い国はそういうふうにする以外戦うことはできないから、それは当たり前のことだと僕は思っていますが、あの手でおれたちもアメリカにやられたのか、悪者にされてたというのがイラク戦争で初めて分かった。だから、今のアメリカの政府は嫌な国だ、弱いものいじめばかりしてと、こういうふうになります。イラクは悪党だと宣伝していますが、悪党でもなんでもない、それは皆さんと違うかもしれませんが、僕はそう思っています。

                         (P131−P133)
項目
2




備考




項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
407 げい 第一章
 言葉と情感
論文 中学生のための社会科 市井文学
2005.3.1

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永続と瞬間
項目
1
@ 人間を個人としてみれば、詩を作る人も読む人も好みだからというほかない。少なくとも、読む人、作る人の自己慰安(自分だけに通ずる慰め)にしかならない。別言すれば自己慰安を第一義としている。これはすべての芸術に共通したものだ。それがたまたま他の人に慰安を与えたとしても偶然に過ぎない。強制でもないし、読む読まないは自由だとしかいえない。詩など見向きもしなくても、生活に差支えるけでもないし病気になるわけでもない。
 逆なことも考えられる。他人を慰安するのを第一義とする芸能歌手の歌が聴く人の自己慰安に響いてくることがある。話芸でも自己慰安に響いてくる優れた芸能家もいる(美空ひばりという歌手は日本語で歌っても、聴く人がどこの国の人であろうと自己慰安に響くことができるとわたしにはおもえた)。だから芸術は高級で芸能は低級ということは絶対にない。これは詩人や歌手がそれぞれ誤解していることが多い。読者や聴き手もまた。

                         (P29)
項目
2
A すへ゛ての「芸」と名のつくものは「永続」と「瞬間(その場かぎり)」のあいだに仕えている。だが人間を集団として形成される「社会」にたいしては「芸」は無用であり、「芸」にたずさわる者は無用の長物である。これはまた愚か者を国の政治責任者に択んだりする理由でもあると思う。人間は個人としては自己慰安を求める動物だが、「社会集団」の塊としては「有用さ」を求めるのを第一義とするからだ。
                                        (P30)

備考











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