マ行

表紙・目次へ戻る




ID 項目 ID 項目
412 民族国家
425 姪の問いかけ
433  マルクスとマルクス主義者      
         





項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
412 民族国家 みんぞくこっか 第三章
 国家と社会の寓話
論文 中学生のための社会科 市井文学 2005.3.1

検索キー2 検索キー3 検索キー4
民族
項目
1
@ 現在世界中のおもな「国家」は、民族「国家」とか国民「国家」とか呼ばれている。その共通な点は「民族」を一つにして成立している「国家」で、近代以後のおもな先進的な「国家」はそう呼ばれている。「民族」というのは<あいまいではあるがおもな点で統一性がある>とみなすことができる最大の「国家」の基盤を指している。
 こういっても何のことかわかりにくいのでもう少し説明を加える。
おなじ言語で方言や訛音があっても通じ合う標準語をもち、考え方のあり方が無理をせずとも「社会」に流通し、人種が違っていたり共通の祖先や伝統をもたなくとも風俗習慣も広く捉えれば共通であるか、類似点が多いなど、こういった共通の特徴があれば一つの「民族」と呼べる。その「民族」が一つの「国家」を成立させているのが民族「国家」である。
 「民族」という概念はあいまいなものだが、歴史的な長い周期の時間を経ればひとりでに同一の「民族」は作られる。
 人種や血縁の共同体である親族の集団、その延長や拡大によって作られる氏族や部族の集団は混血なしにはあり得ないと考えてよい。けれども言葉を標準化して一つに整えたり、「社会」の規則や特色をまとめたりできれば、時間の長短はあっても一つの地域に一つの「民族」としての特徴が作られる。
 別な面からいい直してみる。家族の延長として親族組織、その延長として氏族、その連合体として部族までは血縁(血のつながり)の遺制をどこかに考えることができる。たとえ希薄なつながりであってもどこかに血のつながりの名残りを残している。                        (P129−P131)

A 不思議なことに部族や部族連合では「国家」の形成を考えることができない。わたしにはその理由をはっきりということができない。だから想像でいうほかないのだが、第一にはどこかに血のつながりが特殊な親和力として作用している共同体では束縛力が強くて部族連合より高次の集団を形成できないと考えられる。言い換えれば、部族連合までは血のつながりの親和による話し合いで万事解決できるから、それ以上高次の集団を必要としないのではないか。

B 「国家」が成り立つには、血のつながりのある部族までの次元を超えて全く血縁のない集団どうしが連合しなくてはならない。これは「国家」の成立をその他の共同体集団と分ける最も重要な要素の一つだろう。このいちばん大きな表われは、長老会議やその他の支配する側が村落の民衆と関わりなく、自分たちだけで決めた武力を専門とする者たちの組織を作り、軍事の訓練をして武力に精通させ、他の部族を圧伏させたり配下にしたり他の部族連合に勝利しようと試み、場合によっては自分たちの村落の成員さえ強制したりできるように軍事専門集団をこしらえてしまうことだ。それは、血縁が少しもない連合体は長老などの仲裁や和解のすすめなどを認めなくなり、自分たちの利害を最優先に考えるために血縁や伝統的な習慣の親和性が役立たなくなるからだと考えるのが妥当であろう。
 このように血縁親和が無意味になった次元の連合体が上層の意志だけで軍事専門の武装集団をこしらえて、それを行使するようになったとき「国家」と呼ばれるようになり、成員たちの日常の社会生活の上に政治的に君臨するようになる。もう成員の方も年齢が高く経験に富んでいるというだけで長老たちを尊重しなくなるから、長老会議のような年齢階程の合議に従わないようになってゆく。
                         (P132−P134)
項目
2
備考





項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
425 姪の問いかけ めいのといかけ 『心的現象論・本論』 文化科学高等研究院 2008.7.10 「あとがきにかえて―『心的現象論』の刊行にあたって」

検索キー2 検索キー3 検索キー4
問いの具体に思想はどう答えるのか
項目
1
@ 
―例えば若い看護師がターミナル期を迎えた患者さんのそばに行ったときに、たまたまその患者さんに「おれはもう死ぬだろう。死んだらおれはどうなるんだ」と質問されたとします。そのとき、ケアのプロである看護師はどんな答え方が良かろうと、吉本さんはお思いになりますか。

吉本 僕は姪が子宮がんで亡くなったときに、「おじさん、どういうふうに考えたらいいの」と盛んに聞かれました。今だったら何か言えそうな気もしますが、そのときはこの段階でおれが言うことはみんな切実さに欠けているという感じがして言えませんでした。「車いすで病院の中でも散歩するか」と言っただけで、何も言えませんでしたね。今だったら多少何か言えそうな気もしますが。
 でも、どんなことを言っても、死については野次馬的にしか言えない。ご本人がどういう状態か、精神状態は了解できるところもありますが、全体としてどうきついのかは全く分からない。分かるほうがおかしいのであって、分からない。そんなことで何かを言ったら、余計なことを言うな。死という切実な問題でないときだったらいくらでも意見を言います、僕ならそうなります。

  (『老いの超え方』P243-P244 吉本隆明 2006年)


A
  『心的現象論』を書きはじめた時、個人の幻想が共同幻想につながるところ、それは集団性と社会性につながるところまで伸びていけばいい、その意図が推察してもらえるところまでいけばいいというかんがえで、「このように完成する」という意味合いはなく、「だいたい、いくところまでいったな」というところで止めて、そのままになっているのですが、その間、わたしの姪が子宮癌になり、医者から「これ以上の治療はない」といわれた。姪から「あてがないのならば、治療を打ちきりたい」という相談が来たのです。
 ・・・中略・・・当人はもうよくわかっていて、わたしに「おじさん、どうかんがえたらいいの」とたずねられた。要するに死ぬとわかったばあいのじぶんの気持ちをどうかんがえればいいのと聞かれて、それに答えられなかったのです。今も答えられないかもしれませんが、その時はもろに答えられなかった。
 何をどういっていいのかじぶんでもわからない、病院の中だけで車椅子で散歩しながら、世間話、何気ない会話をする以外何もできない、じぶんは何もできない、ほんとうに答えがない。


 『心的現象論』を連載している最中に、姪たちからそのことをいわれて、ほどほどまいったというか、反省にもなりました。つまり、通りやすいところばかり通るな、通りやすいところばかり通ると必ず抜け落ちてしまう重要なことがあって、実際問題としては、人にとっては重要なのであり、そこを適当なところで済ましているのではないか、それはきちんとしっかりかんがえぬかねばならない、それでなければ思想などといえないとおもったのです。
 答えることができないこれでは駄目だ。こんなことに答えられないのに、何か書いたり、やっていたりしても、そんなことでは意味がない、ほんとうに駄目なのだとおもいはじめるようになって、そのことをそれなりに一生懸命にかんがえたりしたのですが、姪のことでじぶんの思想的範囲、囲い、守備範囲の中では答えるだけのものは、じぶんにはない。徹底的に、はじめからこれは駄目だ。これについては、もしじぶんなりにやるならば、これからかんがえていかなければいけない、そういうふうにおもうまま、姪は亡くなったのですが、それは今でもひっかかっています。何とかじぶんなりの出口はないのか。じぶんだったらどうなのか。そういうことは今でもじぶんでわからないけれども、ひとつの問題としてはいつでもあります。
 (『心的現象論・本論』「あとがきにかえて―『心的現象論』の刊行にあたって」)


 そのことは、言語の表現にももちろん成り立つわけで、マルクスの基本的な自然哲学、自然にたいする考え方、じぶん以外の外界にたいする働き方における考え方の根本にそれがある。こういうマルクスの自然哲学であると、観念でわかっても、実感として、具象性を帯びたひとつの考え方としては、どうしてもこちらには入ってこなかった。
 「表現は自己疎外のひとつだ」という言い方をこの本でしていると思いますが、
 「それをじぶんはほんとうにわかっているのだろうか」とたいへん疑問であり、具象性を帯びて、わかったという感じにはならなかった。それが嫌で、この本を刊行するという話が出ても流れてきたという案配です。これをまとめる気にならないというかんがえになっていたのです。
 今はほとんど、それが具象性を持っている気がじぶんではしています。マルクスの考え方は最終的に、未だ滅びていない、とじぶんが信じているところなのです。
 ( 同上 ))

備考   ・この二つ以外にも、この件に触れた文章があったが、この「あとがきにかえて―『心的現象論』の刊行にあたって」がもっとも詳しく述べられている。

 ・テレビの西部劇などでしか観たことがないけれど、遙かな昔のインディアンの長老の言葉は、問いの具体に答えるような深さを持った言葉だったのかもしれない。ということは、そこに生きた人々はそのような「深さ」の世界観の中にいて、その「深さ」を共有していたのだろう。良し悪しは別にして、現代人であるわたしたちは、たぶん心臓と対応する内臓感覚のその「深さ」を摩耗させてきた。そして、目まぐるしい感覚と対応する脳の時代の渦中にいる。





項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト
433 マルクスとマルクス主義者 日本人の宗教観
―宗教を問い直す
対談 『中外日報』2006年 吉本隆明資料集165 猫々堂 2017.5.25

検索キー2 検索キー3 検索キー4 検索キー5
マルクスとマルクス主義者の違い マルクスの初期の疎外論 深さ
項目
1

吉本 要するにマルクスは、宗教はアヘンだということを宗教全体を覆い尽くしたつもりで言ったとは僕には思えないんですね。ある時それに近いような言い方をしたという解釈をとります。(註.1)
 マルクスはロシアの社会主義者にあてた手紙の中で、私は歴史の中で発見した法則があると書いています。それは経済構造を主とする下部構造が変化すると、それに従って人間の上部構造、つまり精神構造も変化する、これが私の見つけ出した歴史法則ですと。
 それはあっさり手紙でそういうふうに言ったという以上の意味はないと受け取ったほうがいいと思います。(註.1)
 僕は逆に、下部構造、経済構造をはじめとする社会の物質構造というのがものすごく発達しても、精神構造あるいはそれを担うシステムというのは古代そのままのものをよく保存しているということはあり得ることだと。日本なんかは典型的だけど、そういうふうに
修正しちゃっています。・・・以下略・・・

笠原 つまりマルクスは宗教の深いところを考えた。それについてレーニンはある程度、理解していた。ところがスターリンになるとほとんど理解していないと。スターリンは神学校を出たんですけれど。

吉本 それはまったくよくわかるような気がしますね。

笠原 私は
マルクスの初期の疎外論とか、あのあたりが一番面白いのですが、ああいう宗教の問題は、もっと徹底的にやったほうがいいと思いますね。ところがマルクスの研究家というのは、宗教については非常に表面的な理解しかしていないのではないでしょうか。

吉本 してないですね。食わず嫌いのようなところがあります。
 僕は
マルクスとマルクス主義者の違いということをよく言っているんだけど、エンゲルスは、マルクスという人は幾世紀にかけて世界最大の思想家であるということを誰もが認めざるを得ない存在だったという言い方をしています。マルクスは近代思想の一頂点であって、誰が読んでも考えても良いという普遍的な要素が必ずその中に含まれていると。マルクス主義者というのはレーニンが元祖なんでしょうけど、これは一世紀か一世紀半くらいしかもたないだろうなという気がしますね。ですからそれは分けて考えないと、同じように考えてはいけないと思います。

笠原 なるほど。

吉本 ロシアのマルクス主義はある時期にだけしか通用しないという程度のものだったと僕は思っていますが、マルクスというのは、誰もが認めざるを得ないところをきちんと持っているという
深さがあるような気がします。ですから、いつでも永続的に考えを深めたり高めたり、はみ出したりということをやっていないと、正統なつもりでもだんだんだめになっていくんですね。

笠原 そう思いますね。
         (P68−P70)

備考 (註.1)
親鸞が信徒にだったか手紙で書いた「浄土」という言葉についても、吉本さんは似たような解釈をしている。つまり、浄土で会いましょうのように実在の「浄土」として語っているが、これは常識的なあいさつのような言葉であると。
また、わたしたちの日常でも、まあそういう言葉と捉えられてもいいやと言葉をゆるく使ったり、あるいは厳密に言葉を使ったり、場面によってあり得るように思う。





項目ID 項目 よみがな 論名 形式 初出 所収 出版社 発行日 抜粋したテキスト

検索キー2 検索キー3 検索キー4 検索キー5
項目
1

















inserted by FC2 system