Part 3
共同幻想論

  河出書房新社 1968/12/05発行



項目ID 項目 論名
14 死とはなにか 5 他界論
15 死とはなにか 5 他界論
16 他界の概念 5 他界論
17 生誕と死 6 祭儀論
18 生誕と死 6 祭儀論
19 農耕祭儀 6 祭儀論
20 大嘗祭 6 祭儀論













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14 死とはなにか しとはなにか 5 他界論
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項目抜粋
1

@●わたしたちは、社会的な共同利害の紐がまったくついていない共同幻想をかんがえることができるだろうか?共同幻想の<彼岸>にまたひとつの共同幻想をおもい描くことができるだろうか?

 この問いは、個体にとっては自己幻想や対幻想のなかに<侵入>してくる共同幻想の構造がどうなっているかという問いと同義である。

 ●いうまでもなく、共同幻想の<彼岸>に想定される共同幻想は、たとえひとびとがそういう呼びかたを好まなくても<他界>の問題である。そして<他界>の問題は、個々の人間にとっては、自己幻想か、あるいは<性>としての対幻想のなかに繰込まれる共同幻想の問題となってあらわれるほかはない。しかしここに前提がはいる。<他界>の問題が想定されるには、かならず幻想的にか生理的にか、あるいは思想的にか、<死>の関門をとおらなければならないということである。だから<他界>にふみこむにはまず<死>の問題をくぐりぬけるほかないのである。   (P109-P110)

Aしかし、ハイデガーの考察のうち、ひろいげるに価するのは、<死>が人間にとって心的に<作為>された幻想であり、心的に<体験>された幻想ではないということだけである。そしてこのばあい<作為>の構造と水準は共同幻想そのものの内部にあるとかんがえられる。やさしい言葉でいいかえよう。<死>は、生理的にはいつも個体の<死>としてしかあらわれない。戦争や突発事で、人間が大量に同時に死んでも、生理的に限定してかんがえるかぎり、多数の個体が同時に死ぬということである。しかし、人間は知人や近親の<死>に際会して悲しんだり、自己の<死>を想像して怖れたり不安になったりすることができるように、<死>は人間にとって心的な問題としてあらわれる。人間の生理的な<死>が、人間にとって心的な悲嘆や怖れや不安としてあらわれるとすれば、このばあい<死>は個体の心的な自己体験の水準にはなく、想像され作為された心的体験の水準になければならない。そしてこのばあい想像や作為の構造は共同幻想からやってくるのである。人間にとって<死>が特異さをもっているとすれば、生理的にはつねに個体の<死>としてしかあらわれないのに、心的にはつねに関係についての幻想の<死>としてしかあらわれない点にもとめられる。もちろんじぶんの<死>についての怖れや不安といえども、じぶんのじぶんにたいする関係の幻想としてあらわれるのだ。  (P112)

項目抜粋
2

B<死>において、この問題は極限の形であらわれてくる。人間は自己の<死>についても他者の<死>についてもとうてい、じぶんのことのように切実に心的に構成することはできないのだ。そしておそらくこの不可能さの根源的な原因をたずねれば、<死>において人間の自己幻想(または対幻想)が極限のかたちで共同幻想から<侵蝕>されるからだという点にもとめられる。ここまできて、わたしたちは人間の<死>とはなにかを心的に規定してみせることができる。人間の自己幻想(または対幻想)が極限のかたちで共同幻想に<侵蝕>された状態を<死>と呼ぶというふうに。<死>の様式が文化空間のひとつの様式となってあらわれるのはそのためである。たとえば、未開社会では人間の生理的な<死>は、自己幻想(または対幻想)が共同幻想にまったくとってかわられるような<侵蝕>を意味するために、個体の<死>は共同幻想の<彼岸>へ投げだされる疎外を意味するにすぎない。近代社会では、<死>は大なり小なり自己幻想(または対幻想)自体の消滅を意味するために、共同幻想の<侵蝕>は皆無にちかいから、大なり小なり死ねば死にきりという概念が流通するようになる。

 ここまできて、わたしたちは<死>の様式の志向的な類型をとりだすことができるはずであり、それはいわば<他界>概念の構造を決定するはずである。  (P113-P114)

備考 註 「ここまできて、わたしたちは人間の<死>とはなにかを心的に規定してみせることができる。人間の自己幻想(または対幻想)が極限のかたちで共同幻想に<侵蝕>された状態を<死>と呼ぶというふうに。<死>の様式が文化空間のひとつの様式となってあらわれるのはそのためである。」




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15 死とはなにか しとはなにか 5 他界論
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他界観念の時間性と空間性
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1

C●ようするに「鳥御前」は幻覚に誘われて足をふみすべらし谷底に落ちて気絶し、打ちどころが悪かったので三日程して<死>んだというにすぎないだろう。しかし「鳥御前」が、たんに生理的にではなく、いわば綜合的に<死>ぬためには、ぜひともじぶんが<作為>してつくりあげた幻想を共同幻想であるかのように内部に繰込むことによって、山人に蹴られたことがじぶんを<死>に追いこむはずだという強迫観念をつくりださねばならなかったはずだ。そしてこのばあい「鳥御前」の幻覚にあらわれた赭ら顔の男女は、共同幻想の表象にほかならないのである。

 このばあい「鳥御前」が生理的に死ねば、「鳥御前」のいっさいの幻想は消滅する。しかし、逆に、「鳥御前」の<死>とは「鳥御前」の生理的な<死>をさすものだろうかという問いを発してみれば、その答えはけっして安っぽくかんがえられるほど自明のことではない。なぜならば「鳥御前」のの生理的な<死>は、かれの<作為>された関係幻想の死をも意味するからである。そして関係幻想の位相からは、人間は、じじつじぶんは何々に出遇ったから死ぬという意識から、逆に生理的な<死>をもたらすことができるのである。それは、共同幻想が自己幻想の内部で自己幻想をいわば<侵蝕>するという理由によって説明することができる。   (P114-P115)

●わたしのかんがえでは、べつに<融即>の原理で死ぬのではなく、土人の自己幻想が共同幻想(呪力)に<侵蝕>されることによっていわば心的に<死>ぬのである。そして、かすり傷くらいで<死>にうるのは、未開人では自己幻想と共同幻想とは未分化であるため、この<侵蝕>が即自的ににおこりうるからである。

 『遠野物語』の「鳥御前」は、もちろん未開人ではないから、共同幻想と自己幻想との未分化な心性を想定することはできない。ただ共同幻想が自己幻想に侵入してくる度合におうじて、かれは自発的にじぶんを共同幻想の<彼岸>へ、いわば<他界>へ追いやり、そのことによって共同幻想から心的に自殺させられる存在である。このことは、かれの心的な自殺が生理的な<死>を促進したかしなかったかということとは無関係だということができよう。     (P116)

項目抜粋
2

Dここで注意しなければならないのは、自己幻想が自己にたいして<作為>された関係幻想としてあらわれる<死>においては、<他界>は<時間>性としてしか存在しえないということである。そして、もし、あらゆる幻想性は、<空間>性を獲得したときはじめて真に存在するのだといいうるとすれば、ここでは<他界>の観念は存在しないといっても、いたるところに普遍的にみちみちて存在するといってもまったくおなじことを意味している。ブリュルのあげている未開人の世界では<他界>観念は地上のいたるところにあり、それゆえに疎外された幻想としては存在しないのだ。

 『遠野物語』の「鳥御前」のばあいには、ただ<時間>的な観念として<他界>は存在しているということができよう。  (P116)

備考 註 「そして、もし、あらゆる幻想性は、<空間>性を獲得したときはじめて真に存在するのだといいうるとすれば、」「それゆえに疎外された幻想としては存在しないのだ。」




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16 他界の概念 たかいのがいねん 5 他界論
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1

Eこの<死譚>にはひとつの示唆がかくされている。

 <死>が作為された自己幻想として個体に関係づけられる段階を離脱して、対幻想のなかに対幻想の<作為>された対象として関係づけられたとき、はじめて<他界>の概念が空間性として発生するということである。このナッセント・ステートの<他界>空間は、当然のことであるが、此岸的な、いわば現実的な<家>の共同利害によってある構造的な規定をうけなければならないはずである。  (P118)

Fここまできて、わたしたちは『遠野物語』の<死譚>にあらわれている「ダンノハナ」や「蓮台野」という地所が意味するものがなんであるかを了解する。それは村落共同体の共同幻想が疎外する空間性としての<他界>(墓所)であるとともに、時間性としての<他界>(霊所)である。しかも、村落の共同幻想が疎外する空間性としての<他界>(墓所)が、村人の対幻想が疎外する空間性としての<他界>(家墓所)と同致したがゆえに、村落の老人たちは六十歳をこえると村落共同体の地上的な共同利害から追いたてられていきながらここに捨てられたのである。  (P124)

 【柳田国男の「葬制の沿革について」の「両墓制」にふれ】

Gただとりあげるに価することは、農耕民を主とする村落共同体の共同幻想にとって、<他界>の観念は、空間的にと時間的にと二重化せられざるをえなかったということである。かれらにとって<永世>の観念は、あくまでも土地への執着をはなれては存在しえなかった。そしてこのような<永世>の住みつく土地をもとめるとすれば村落の周辺に、しかも村落の外の土地にもとめるほかなかったのである。だから埋め墓は空間的な<他界>の表象であり、詣で墓は時間的な<他界>の表象であるというにすぎない。  (P124-P125)

項目抜粋
2

H真に<他界>が消滅するためには、共同幻想の呪力が自己幻想と対幻想の内部で心的に追放されなければならない。

 そして共同幻想が自己幻想と対幻想の内部で追放されることは、共同幻想の<彼岸>に描かれる共同幻想が死滅することを意味している。共同幻想が原始宗教的な仮象であらわれようと、現在のように制度的あるいはイデオロギー的な仮象をもってあらわれようと、共同幻想の<彼岸>に描かれる共同幻想がすべて消滅しなければならぬという課題は、共同幻想自体が消滅しなければならぬという課題とともに、現在でも依然として、人間の存在にとってラジカルな本質的課題である。   (P126)

備考





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17 生誕と死 せいたんとし 6 祭儀論
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人間の<生誕>と<死>を区別している本質的な心的差異
項目抜粋
1

@●原理的にいえば、ある個体の自己幻想は、その個体が生活している社会の共同幻想にたいして<逆立>するはずである。しかし、この<逆立>の形式はけっしてあらわな眼にみえる形であらわれてくるとはかぎっていない。むしろある個体にとっては、共同幻想は自己幻想に<同調>するもののようにみえる。またべつの個体にとっては共同幻想は<欠如>として了解されたりする。また、べつの個体にとっては共同幻想は<虚偽>として感ぜられる。  (P127)

●こういう個体の自己幻想と、その個体が現存している社会の共同幻想との<逆立>をもっとも原質的に【註 ママ】、あらわにしめすのは人間の<生誕>である。…・けれど人間の<生誕>の問題がけっして安直でないのは、人間の<死>の問題が安直でないのとおなじである。しかも<死>においては、ただ喪失の過程であらわれるにすぎなかった対幻想の問題が、<生誕>においては、本質的な意味で登場してくる。ここでは<共同幻想>が社会の共同幻想と<家族>の対幻想というふたつの意味で問われなければならない。

 心的にみられた<生誕>というのは、<共同幻想>からこちらがわへ、いいかえれば<此岸>へ投げだされた自己幻想を意味している。そしてこのばあい、自己の意志にかかわりなく<此岸>へ投げだされた自己幻想であるために、<生誕>は一定の時期まで自覚的な問題ではありえないのである。そして大なり小なり自覚的でありえない期間、個体は生理的にも心的にも扶養なしには生存をつづけることができない。人間の自己幻想は、ある期間を家庭的にとおって徐々に周囲の共同幻想をはねのけながら自覚的なものとして形成されるために、いったん形成されたあかつきにはたんなる共同幻想からの疎外を意味するだけでなく、共同幻想と<逆立>するほかはないのである。そして、自己幻想の共同幻想にたいする関係意識としての<欠如>や<虚偽>の過程的な構造は、自覚的な<逆立>にいたるまで個体が成長してゆく期間の心的構造にその原型をもとめることができる。

 わたしの知見のおよぶかぎりでは、この問題にはじめて根源的な考察をくわえたのはヘーゲルであった。   (P128-P130)

項目抜粋
2

Aヘーゲルのこの考察は、自己幻想の内部構造について立ち入ろうとするとき問題となるだけである。わたしたちが、ここでヘーゲルの考察から拾いあげるものをもつとすれば、<生誕>の時期における自己幻想の共同幻想にたいする関係の原質が胎生時における<母>と<子>の関係に還元されるため、すくなくとも<生誕>の瞬間における共同幻想は<母>なる存在に象徴されるということである。

 人間の<生誕>にあずかる共同幻想が<死>にあずかる共同幻想と本質的にちがっているのは、前者が村落の共同幻想と<家>における男女の<性>を基盤にする対幻想の共同性との両極のあいだに移行する構造をもつということである。そして、おそらくは、これだけが人間の<生誕>と<死>を区別している本質的な心的差異であり、それ以外のちがいはすべて相対的なものにすぎないことは、未開人における<死>と<復活>の概念がほとんど等質に見做されていることからもわかる。かれらにとっては<受胎>、<生誕>、<成年>、<婚姻>、<死>は、繰返し行われる<死>と<復活>の交替であった。個体が生理的にはじめに<生誕>し、生理的におわりに<死>をむかえるということは、<生誕>以前の世界と<死>以後の世界にたいして心的にはっきりした境界がなかった。  (P131-P132)

備考

註1.「人間の<生誕>にあずかる共同幻想が<死>にあずかる共同幻想と本質的にちがっているのは、前者が村落の共同幻想と<家>における男女の<性>を基盤にする対幻想の共同性との両極のあいだに移行する構造をもつということである。そして、おそらくは、これだけが人間の<生誕>と<死>を区別している本質的な心的差異であり、それ以外のちがいはすべて相対的なものにすぎないことは、未開人における<死>と<復活>の概念がほとんど等質に見做されていることからもわかる。」




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18 生誕と死 せいたんとし 6 祭儀論
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1

【『古事記』を引用して】

B●この<死後>譚と<生誕>譚とはパターンがおなじで、一方は死体が腐って蛆がわいてゆく場面を、一方は分娩の場面をみられて、男は驚き、女は自己の変身をみられて辱かしがるというようになっている。死後の場面も生誕の場面もおなじように疎通しており、このふたつの場面で、男が女の変身にたいして<恐怖>感として疎外され、女が一方では<他界>の、一方では「本国の形」の共同幻想の表象に変身するというパターンで同一のものである。

 男のほうが<死>の場面においても<生誕>の場面においても場面の総体からまったくはじきだされる存在となる度合は、おんなのほうが<性>を基盤とする本来的な対幻想の対象から、共同幻想の表象へと変容する度合に対応している。『古事記』のこのような説話の段階では、<死>も<生誕>も、女性が共同幻想の表象に転化することだという位相でとらえられている。いいかえれば人間の<死>と<生誕>は、<生む>という行為がじゃまされるかじゃまされないかというように、共同幻想の表象として同一視されていることを意味している。

 ●では、人間の<死>と<生誕>が、<生む>という行為がじゃまされるか、されないかという意味で同一視されるような共同幻想は、どのような地上的な共同利害と対応するのだろうか?

 これをもっともよく象徴する説話が『古事記』のなかにある。

 …・この説話では、共同幻想の表象である女性が<死>ぬことが、農耕社会の共同利害の表象である穀物の生成と結びつけられている。共同幻想の表象に転化した女<性>が、<死>ぬという行為によって変身して穀物になることが暗示されている。女性に表象される共同幻想の<死>と<復活>とが穀物の生成に関係づけられる。

●ここまでかんがえてくると、人間の<死>と<生誕>を、<生む>という行為がじゃまされるかじゃまされないかのちがいとして同一視されている共同幻想が、初期の農耕社会に固有なものであることを推定することができる。かれらの共同の幻想にとっては、一対の男女の<性>的な行為が<子>を生むという結果をもたらすことが重要なのではない。女<性>だけが<子>を分娩するということが重要なのだ。だからこそ女<性>はかれらの共同幻想の象徴に変容し、女<性>の<生む>という行為が、農耕社会の共同利害の象徴である穀物の生成と同一視されるのである。そしてこの同一視は極限までおしつめられる可能性をはらんでいる。女<性>が殺害されることによって穀物の生成が促されるという『古事記』のこの説話のように。     (P133-P135)

項目抜粋
2

C●この農耕祭儀では、女性が穀母神の代同物として殺害されることもなければ、殺害の擬態行為も演じられていない。その意味で『古事記』説話よりも高度な段階にあるといえよう。そのかわりに、対幻想そのものが共同幻想に同致される。「二匹腹合せ」の魚や「大根」(二股大根)は、いわば一対の男女の<性>的な行為の象徴であり、穀神は「夫婦神」として座敷にむかえられる。

 ここでは夫婦である穀神は<家>に迎えられて<性>的な行為の象徴を演じ、その呪力は御供物をたべた主人夫婦と種籾にふきこまれる。夫婦の穀神が<死>ぬのは、たぶん「若木の迎への日」においてであり、「若木」はおそらくは穀神のうみだした<子>を象徴するものである。そしてこの<子>神が「田打ち」の田にはこばれたとき豊作が約束されるという機構になっている。

 ●この民俗的な農耕祭儀は、耕作の場面である田の土地と、農民の対幻想の現実的な基盤である<家>のあいだの<空間>と、十二月五日から二月十日までの<時間>のあいだに対幻想が共同幻想に同致される表象的な行為が演ぜられる点に本質的な構造があるといえる。そのあいだに対幻想が死滅し、かわりに<子>が<生誕>するという行為が、象徴的に農耕社会の共同幻想とその地上的利害の表象である穀物に封じこめられる。

●この奥能登におこなわれている農耕祭儀が、さきにあげた『古事記』の説話や、古代メキシコのトウモロコシ儀礼よりも高度だとかんがえられる点は、対幻想の対象である女性が共同幻想の表象に変身するという契機がここにはなく、はじめから穀神が一対の男女神とかんがえられ、その対幻想としての<性>的な象徴が共同幻想の地上的な表象である穀物の生成と関係づけられているということである。したがってあくまでも対幻想の現実的な基盤である<家>とその所有(あるいは耕作)田のあいだの問題として祭儀の性格が決定されている。ここには対幻想が、あきらかに農耕共同体の共同幻想にたいして相対的に独立した独自な位相を獲得していることが象徴されている。
   (P138-P139)

備考




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19 農耕祭儀 のうこうさいぎ 6 祭儀論
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項目抜粋
1

D●いま、この奥能登の農耕祭儀にしめされるような民俗的な農耕祭儀を、<空間>性と、<時間>性について<抽象>するとき、どういう場面が出現するだろうか?

 この問題が農耕社会の支配層として、しかも農耕社会の支配層としてのみ、わが列島をせきけんした大和朝廷の支配者の世襲大嘗祭の本質を語るものにほかならない。

 ●民俗的な農耕祭儀では、対幻想の基盤である<家>とその所有(あるいは耕作)田のあいだに設けられた祭儀空間は、世襲大嘗祭では悠基、主基田の卜定となってあらわれる。これは、一見すると占有田の拡大にともなって、祭儀空間が拡大したことを意味するようにうけとれるかもしれない。しかし、この拡大はたんなる祭儀の空間的な拡大ではなく、耕作からはなれた支配層が、なお農耕祭儀を模擬しようとするときに当然おこる<抽象化>を意味している。この<抽象化>は、ただ祭儀空間の圧縮によってのみ可能である。

 ●そこでつぎの問題が生じてくる。

 天皇の世襲大嘗祭では、民俗的な農耕祭儀の<田神迎え>である十二月五日と<田神送り>である二月十日とのあいだの祭儀空間は、共時的に圧縮されて、一夜のうちに行われる悠基殿と主基殿におけるおなじ祭儀の繰返しに転化される。かれは薄べりひとつへだてた悠基殿と主基殿を出入りするだけで農耕民の<家>と所有(あるいは耕作)田のあいだの祭儀空間を抽象的に往来し、同時に<田神迎え>と<田神送り>のあいだにある二ヶ月ほどの祭儀時間を数時間に圧縮するのである。

項目抜粋
2

●このあとでさらにつぎの問題があらわれる。

 民俗的な農耕祭儀は、すくなくとも形式的には<田神迎え>と<田神送り>の模倣行為を主体としているが、世襲大嘗祭では、その祭儀空間と時間とが極度に<抽象化>されているために、<田神>という土地耕作につきまとう観念自体が無意味なものとなる。そこで天皇は司祭であると同時に、みずからを民俗祭儀における<田神>とおなじように<神>として擬定する。かれの人格は司祭と、擬定された<神>とに二重化せざるをえない。

 そこで悠基、主基殿にもうけられた<神座>にはひとりの<神>がやってきて、天皇とさしむかいで食事する。民俗的な農耕祭儀では<田神>は一対の男・女神であった。大嘗祭で一対の男女神を演ずるのは、あきらかにひとりの<神>とみずからを異性の<神>に擬定した天皇である。

  悠基、主基殿の内部には寝具がしかれており、かけ布団と、さか枕がもうけられている。おそらくはこれは<性>行為の模擬的な表象であるとともになにものかの<死>となにものかの<生誕>を象徴するものといえる。   (P139-P141)

備考




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20 大嘗祭 だいじょうさい 6 祭儀論
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項目抜粋
1

Eしかしこの大嘗祭の祭儀は空間的にも時間的にも<抽象化>されているためどんな意味でも西郷信綱のいうような穀物の生成をねがうという当為はなりたちようがないはずである。また折口信夫のいうような純然たる入魂儀式に還元することもできまい。むしろ<神>としぶんを異性<神>に擬定した天皇との<性>行為によって対幻想を<最高>の共同幻想と同致させ、天皇みずからの人身に世襲的な規範力を導入しようとする模擬行為を意味するとしかかんがえられない。    (P141-P142)

F●わたしたちは、農耕民の民俗的な農耕祭儀の形式が<昇華>されて世襲大嘗祭の形式にゆきつく過程に、農耕的な共同体の共同利害に関与する祭儀が規範力<強力>に転化するための本質的な過程をみつけだすことができよう。それをひと口にいってしまえば、共同社会における共同利害に関与する祭儀は、それが共同利害に関与するかぎり、かならず規範力に転化する契機をもっているということである。そしてこの契機がじっさいに規範力にうつってゆくためには、祭儀の空間性と時間性は<抽象化>された空間性と時間性に転化しなければならない。この<抽象化>によって、祭儀は穀物の生成をねがうというような当初の目的をうしなって、いかなる有効な擬定行為の意味をももたなくなるかわりに、共同規範としての性格を獲得してゆくのである。

●民俗的な農耕祭儀では、<田神>と農民とはべつべつであった。世襲大嘗祭では天皇は<抽象>された農民であるとともに、<抽象>された<田神>に対する異性<神>として自己を二重化させる。だから農耕祭儀では農民は<田神>のほうへ貌をむけている。しかし世襲大嘗祭では天皇は<抽象>された<田神>のほうへ貌をむけるとともに、みずからの半顔を、<抽象>された<田神>の対幻想の対象である異性<神>として、農民のほうへむけるのである。祭儀が支配的な規範力に転化する秘密は、この二重化のなかにかくされている。なぜならば、農民たちがついに天皇を<田神>と錯覚することができる機構ができあがっているからである。   (P142)

項目抜粋
2
備考




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