メモ2017~2018




 2017.7.13

 この「データベース・吉本隆明を読む」の8『詩人・評論家・作家のための言語論』にある第一章「言葉以前のこと」の箇所にある項目、「内コミュニケーション」のよみがなを「うちこみゅにけーしょん」と付けていましたが、読者の方から間違っていますよと教えてもらいましたのでここに記して、訂正しました。

 フリーアーカイブ「吉本隆明の183講演」のA124(T)に「言葉以前のこと―内的コミュニケーションをめぐって」という講演があります。「内コミュニケーション」という言葉もあり、一部ですが講演を聞いてみるとそれは「ないこみゅにけーしょん」と読まれていました。わたしは「うち」と自然に読んでいましたが、ちょっとびっくりでした。

 今「内部の論理化」という言葉で若い頃の吉本さんの歩みを少したどっていますが、一つの文章の中に「イデオロギイ」も「イデオロギー」もありました。言葉の表記にはあまりこだわらない面もあったように見えます。もちろん、それとは逆のことに見えますが晩年近くだったか対談で、校正の問題に触れ、同じ言葉でも漢字が多すぎるから配慮してここではひらがなにしているのに校正係に訂正されるなどと不満げに語られていることもありました。


  (お知らせ) 2018.5.16

※項目435「一般大衆という理念」の出典が項目作成時にはわかりませんでしたが、わかりましたので記入しています。(「日本の現在・世界の動き」 『吉本隆明資料集174』 猫々堂 2018.4.15) ※1990年9月14日の講演。「吉本隆明の183講演」には載っていないようです。







 「エレヴァス」問題


 檀一雄『太宰と安吾 』の解説を吉本さんが書いています。その解説の末尾に書かれている言葉「エレヴァス」の意味がわかりません。分かる方、教えていただけませんか。わたしは、「エトヴァス」の誤植ではないかと思っています。資料文章を挙げます。


資料 「エレヴァス」の件

1.檀一雄『太宰と安吾 』の吉本さんの解説(文庫の二ページ分)、その後半部分

  ※該当部分を●表示


 太宰と坂口の作品に通底するのは、戦後の状況に対する「否定」の雰囲気である。戦争の中に平和を、平和の中に戦争を透視することができない他の知識人と比較して、政治も社会も文学も、戦争も平和もすべて嘘っぱちじゃないかという二人の拠って立つところは、際立っていた。つまるところ、太宰と坂口「解って」いたのではないかと思う。
 ところで、武田泰淳、野間宏、石川淳といった第一次戦後派と呼ばれた作家たちがいる。彼らは敗戦直後の混沌の中で、一瞬の煌(かがや)きにも似た佳作を生み出しているが、太宰や坂口が彼らとも異なるのは、私なりの言い方でいえば、大それたことを考えていたということになる。大それたこと、つまり政治なり社会なり、あるいは人間存在について深いところで認識しながら、ある種の大きな普遍性を意図的に作品に繰り込もうと考えていたふしがある。こうした姿勢を持った作家は太宰と坂口だけであり、その後出ることはなかった。
 太宰治、坂口安吾の他、織田作之助、石川淳、檀一雄といった、いわゆる無頼派と呼ばれた作家たちは、それぞれ良質な作品を残しているが、彼らは、女、薬、酒といった表層的なデカダンスと裏腹に極めて強い大きな倫理観を持っていたように思う。これが一見無頼派的にみえる彼らの作品の奥底に流れていた、生涯をかけた大それた●エレヴァス●であった。 平成十五年三月
(「檀一雄『太宰と安吾 』」の解説の末尾の部分、初見は『吉本隆明資料集159』P79 )


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※わたしの感想
 若い頃からの文学体験や修練を経て、戦争-敗戦の「生きた心地もしない」という生存の危機に陥り、自然な時間の推移と苦闘の中から、内省を「内部の論理化」や「社会総体のイメージ」の獲得へと差し向けて、未だかつてこの列島の人々の未踏の場所で孤独な営為として持続してきた吉本さん。今は亡き太宰と坂口の深部に向かって差し出された、そして読者のわたしたちの深みに染み渡って来るような解説の言葉には、その持続の中で生み出された『共同幻想論』や『言語にとって美とはなにか』『心的現象論(序説)』などを経験した(論理の)言葉や、それらから反照する言葉の視線が込められています。途方もない修練を経た、こういう深みのある読みができる人が亡くなったのはほんとうに残念なことである。
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2.

今年の11月初めに、檀 一雄『太宰と安吾 』(角川ソフィア文庫)の解説(吉本隆明)の中の言葉「エレヴァス」について出版社にネットのホームページの問い合わせ窓口から尋ねましたが返事をもらっていません。以下は、その問い合わせの文章です。 

尚、その後のネット検索によると、『太宰と安吾 』初版の単行本は、バジリコ株式会社で2003年4月30日刊行とあります。出版社が違っているから初版の単行本を出した方に尋ねるべきだったかもしれません。(こうした場合の二番目の別会社の出版が、元原稿に当たるのかどうかなどどの程度のチェックで成されるのか知りませんが) 

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数日前、檀 一雄『太宰と安吾 』(角川ソフィア文庫) を購入した者です。

別の所で、本書の解説(吉本隆明)のみ目にする機会がありました。その解説の末尾にある言葉「エレヴァス」に引っかかりました。エレヴァス(エレバス)でネット検索しても、それらしい意味が見つかりませんでした。仏語かなとも思って、「何か」「あるもの」の意味でグーグル翻訳にかけてもヒットしませんでした。
読んで最初に思ったのは、わたしの耳の記憶にあった、「何か」や「あるもの」の意味の「エトヴァス」(ドイツ語 etwas エトワス,エトヴァス)の誤植ではないかというものでした。それで、本の内容への興味もあり本書を買ってみました。しかし、本書の解説の末尾(P413)も「エレヴァス」になっていました。

そこでお尋ねしたいのは、
1.「エレヴァス」は、「エトヴァス」の誤植ではないかということ。
2.1.でなければ、吉本さんの誤用(いろいろと独自の用字法をされているから)ではないかということ。
3.1.でも2.でもなく、「エレヴァス」にはちゃんとした意味があるのだとすれば教えていただきたいということ。

文脈として大体意味がつかめるから、それでいいかなとも思いましたが、もやもやが残りそうでメールでの問い合わせをした次第です。おそらく多忙中にお手数かけますが、よろしくお願いします。




  「エレヴァス」問題再び
             2017年02月24日


 今日、「表出史の概念」を確認しようとして、吉本さんの『定本 言語にとって美とはなにか Ⅰ』(角川選書)をぺらぺらめくっていたら、なんと以前書いた「エレヴァス」問題に関する言葉に偶然出くわした。P235(同書「第Ⅱ部 近代表出史論 (Ⅱ) 3)に次のようにある。「この水準は、同時代の文学体をこえるエトワ゛スをもつものといってよい。」ほんとは、初版の『言語にとって美とはなにか Ⅰ』にも当たるべきなんだろうが、たぶん同じだろうと済ませておく。

 ウィキペディアによると、「ワ゛」は、現在は「ヴァ」を用いるとある。とするとこれは先に予想したようにドイツ語の「エトヴァス」(何かの意味)の誤植ではないかということになる。ささいなことかもしれないが、これで、ちょっとすっきりした。



(参考)「エレヴァス」問題 2016年12月15日 | 吉本さんのこと
※ここには掲載し忘れていたようなので以下に掲載します。


※2月24日にネットでの知り合いの方から以下のことを教えてもらいました。ネット社会の合力(ごうりき)はありがたい。『言語にとって美とはなにか』には索引が付いていたのに、忘れていました。『定本 言語にとって美とはなにか』の索引にもページは違っても同じくエトワ゛ス4箇所載っていました。

 ブログに、「言語にとって美とはなにか」のなかにエトワ゛スの語を見つけたとありました。そこで探してみると、勁草書房の単行本にもありましたし、全著作集の「言語美」では索引に、221226237289のページ数が示されていました。やはりいずれにもエトワ゛スの語がありました。結構気にいって使っていたみたいですね。




  「エレヴァス」問題、たぶん最後。


 自己表出と指示表出の関わりで、吉本さんの「拡張論」(『ハイ・イメージ論Ⅱ』ちくま学芸文庫 この単行本は、1990年4月刊)を見ていたら、その次の「幾何論」の中、ヘーゲルに触れた吉本さんの言葉や引用されたヘーゲルの言葉の中に、「Etwas」が使われていた。せっかくだから、吉本さんが取り上げている話のひとまとまりの部分として抜き書きしてみたい。


 ヘーゲルの考え方では、ある物(体)(Etwas)がそこに(da)ある(sein)かぎり、他の物(Anderes)への関係をもっている。このばあいこのほかの物(Anderes)は、もとのある物(Etwas)からみれば非有(あらざるもの)としての一つの定有物(きまったもの)(ein Dasein endes)だということができる。したがってこのある物は限界や制限をもった有限のものだ。
 いまある物(Etwas)がそのものとしてどういう本性をもつかということが、そのある物(Etwas)の規定だとすれば、この規定が関係をもっているほかの物(Anderes)によってどうなっているかということが、そのある物(Etwas)の性状だということになる。
 このある物(Etwas)のなかで、それ自身からみられた規定と、関係するほかの物からみられた規定とが、どうなっているかがこのある物(Etwas)の質にあたっている。こうかんがえてくると、ある物(Etwas)が質であるかぎりは、かならずほかの物(Anderes)との関係によってみられた性状をふくんでいることになる。いいかえればじしんの存在する理由を他者にもっているから、かならず「変化」するということができる。「変化」によって性状は止揚されるし、「変化」そのものもまた止揚される。この止揚によって物(体)がどうなるか、ヘーゲルはつぎのようにいう。

 この変化において或る物(Etwas)は自分を止揚し、他物(das Andere)になるが、同様に他物もまた消滅するものである。しかし、他物の他物〔他者の他者〕(das Andere des Andern)または可変体の変化〔変化の変化〕(die Veranderung des Veranderlichen)(引用者註.「a」は2つとも「¨a」)は恒常的なものの生成(Werden des Bleibenden)であり、即且向自〔それ自身で〕に存在するものの生成であり、内的(インネンス)なものの生成である。
                          (ヘーゲル『哲学入門』第二課程 第一篇 第一段B)

 ここで「恒常的なものの生成」というのはすこし強勢で「不変のまま残留するものの生成」くらいにしておいた方がいいようにおもえる。ヘーゲルがいいたいことは、それほど難しくない。あるひとつの物(体)が存在していることのなかには、他者との関係によって存在している面がかならずある。いいかえれば他者があるからそのものとの関係で存立している部分をもつ。そうであればそのひとつの物(体)は、他者が変貌するにつれて外から変化するか、じぶんの変貌によって関係する他者を変化させることで、じぶんが内在的に「変化」することがおこりうる。この「変化」によってそのひとつの物はまたほかの物に変化し、ほかの物は消滅したり、ほかの物のほかの物に変化する。この後者の変化は、いわば止揚としての変化であり、生成したものは不変のままとどまったもの、つまりは内的なものだ、ということになる。もしこのある物(体)が、たくさんの特性によってほかの物と区別されているとすれば、この特性の「変化」によって解消したことになる。
 幾何学的な認識が(たとえばスピノザが)、「変化」という概念をうみだそうとしなかったし、うみだすことができなかった理由は、概念を定在の点のようにかんがえて、その存在、定立の理由を自律的なものとみなしたからだとおもえる。ひとつの概念が現実にむすびついて存立するためには、ほかの概念との関係が必要だという観点はスピノザにはなかったし、またはじめから必要としなかった。これに反しヘーゲルの概念のつくり方は、はじめから関係なしには、成立しなかった。
 まず対象との直接の関係を衝動とかんがえれば、衝動面にたいして任意の角度をもった志向性が、この面をつきぬけて直進して行為となるかわりに、行為とならずに衝動面で反射したとすれば、この反射を反省とみなすことができる。(引用者註.第2図は略)
 そして反省を数かぎりなく繰り返すことで、対象との関係がじぶんとの関係に転化したものが、ヘーゲルでは自我とよばれている。そして自我と対象との関係が哲学のいちばんはじめにあり、これはヘーゲルについて最初にいわれるべきことのようにおもえる。このいちばんはじめの関係から、はじめに意志とか決意とか企画とかいった自我の内的な規定であったものが、対象へむかう過程でしだいに外的な規定に移ってゆく。それが行為(Handeln)とみなされている。
 ヘーゲルの方法にとって「生命」の概念や「変化」の概念よりも、ある意味では自我と対象、有機的な自然と非有機的な自然、認識と行為といったような、事象を二項対立に分離したうえでそれを関係づけるほうが本来的なかんがえだといえばいえた。ここからヘーゲル哲学の流動的なもの(つまり概念を移行と消滅の相のもとでみること)がはじまったからだ。認識と行為のあいだで、あるいは自我とその対象とのあいだで、はじめに内的な規定であったものが、次第に外的な規定へとうつってゆき、そのうつり方の曲面は、曲率もちがえば、通過する過程もちがうが、内在から外在へとえがかれてゆく行為の曲面の変化こそが、ヘーゲル哲学の入口にひかえていたおおきな形象であった。(引用者註.第3図は略)
 (『ハイ・イメージ論Ⅱ』「幾何論」 P105-P110)



 関連ブログ記事
1.「エレヴァス」問題 2016年12月15日 | 吉本さんのこと
2.「エレヴァス」問題再び 2017年02月23日 | 吉本さんのこと








 メモ2021.11.27 ― 文学作品の言葉の追跡 ② ―「円方体」から


 以前、吉本さんの以下の部分の文章を読んでいて、最終行で、あれと思ったことがある。「エレヴァス」?ここはドイツ語の「エトバス」ではないかな、といろいろ当たっていたら、なんと『言語にとって美とはなにか』には索引があったのであり、そこに「エトワ゛ス」が4回ほど使われていた。ウィキペディアによると、「ワ゛」は、現在は「ヴァ」を用いるとある。とするとこれは先に予想したようにドイツ語の「エトヴァス」(etwas、「何か」の意味)の誤植ではないかということになる。ささいなことかもしれないが、これで、ちょっとすっきりした。(註.1)


 ところで、武田泰淳、野間宏、石川淳といった第一次戦後派と呼ばれた作家たちがいる。彼らは敗戦直後の混沌の中で、一瞬の煌(かがや)きにも似た佳作を生み出しているが、太宰や坂口が彼らとも異なるのは、私なりの言い方でいえば、大それたことを考えていたということになる。大それたこと、つまり政治なり社会なり、あるいは人間存在について深いところで認識しながら、ある種の大きな普遍性を意図的に作品に繰り込もうと考えていたふしがある。こうした姿勢を持った作家は太宰と坂口だけであり、その後出ることはなかった。
 太宰治、坂口安吾の他、織田作之助、石川淳、檀一雄といった、いわゆる無頼派と呼ばれた作家たちは、それぞれ良質な作品を残しているが、彼らは、女、薬、酒といった表層的なデカダンスと裏腹に極めて強い大きな倫理観を持っていたように思う。これが一見無頼派的にみえる彼らの作品の奥底に流れていた、生涯をかけた大それたエレヴァスであった。 平成十五年三月
(「檀一雄『太宰と安吾 』」の吉本さんの解説の末尾の部分、初見は『吉本隆明資料集159』P79 )
 ※檀一雄の『太宰と安吾』(角川ソフィア文庫)に当たってみた。ここからの誤植であった。


 学校の教科書にはほとんどないが、本には誤植はつきものだということはわかっている。最近またしても、よく分からない言葉に出くわしてしまった。


「わたしたちは短歌的な表現を交響する音形で比喩してみるとする。いま意味の機能をまったく抜いておくとすれば、細長い葉巻の形をした密雲の塊りのように見做すことができよう。すると岡井隆の『神の仕事場』の交響する密雲は、わたしたちが短歌的な声調にみているものの倍増した円方体(2×2×2)に比喩することができる作品に出遭う。いわば意味句が、下句または上句の全体でメロディを発信している例に出遭うからだ。」(『吉本隆明 詩歌の呼び声 岡井隆論集』P302 論創社 2021.7)


 「密雲」は辞書で調べたが、この「円方体(2×2×2)」というのが何かがわからない。たぶん立体図形だろうと推測するが、中学・高校までの初等の算数や基本数学では習った覚えがない。そこで、この二月ほど暇を見つけては以下のように追跡してみた。

 吉本さんの文章で「円方体」という言葉に出会って、
1.耳にしたことがないから誤植ではないかと思った。(10月上旬)

2.もしかして、数学の初等か高等の立体図形にあるかもしれない。初等数学の図形であれば、少なくとも戦後のには「円方体」というものはない。おそらく各辺が「倍増した円方体」だから、「円方体」(2×2×2)は、「円方体」(1×1×1)が「倍増」したものか?この「円方体」は、「直方体」あるいは「立方体」の間違いではないか?

3.「円方体」をネット検索したが、1つもヒットしなかった。

4.ネットの質問コーナーに質問した。(2021/10/23 )
そうしたら、回答者がふしぎなことにネット内の使用例を2つ見つけて紹介してくれた。(「ふしぎなことに」というのは、まず普通の検索ではヒットしなかったこと。次に、目当てのpdfファイルとそのファイル内の「円方体」という言葉を検索できていること。)
 ① 関東辺りの旅行記を書いている人が、訪れた店の写真を載せて、その中でインテリアのハーバリウムのガラスビンを「円方体」や「角方体」と呼ばれていた。
 ②曲面体印刷を研究・発明した箱木一郎氏の『発明と私』(pdfファイル)の文章の中に、「円方体、あるいは円錐体」という言葉がある。

5.4.の①関連で、日本ガラスびん協会に「円方体」という呼び名があるかどうかホームページの「お問い合わせフォーム」より問い合わせた。(2021/10/27)
 そうしたら、ガラスびん製造会社にも尋ねたがそういう呼称は使っていないという回答をもらった。

6.4.の①の人に旅行記のネットの掲示板で尋ねたら、「円方体や角方体」は自分でも知らない言葉だから、何か勘違いしてそう書いてしまったと思うという返信をもらった。

7.4.の②曲面体印刷に関わった箱木一郎氏(明治29年1月神戸に生れる。 曲面印刷法を研究・発明した。 日本曲面印刷機社長)関連で、「箱木一郎とその家族」というブログに偶然出会った。「円方体」について何かご存じではないかと尋ねるコメントをコメント欄に記入した。(2021年11月6日)
しばらくして、箱木一郎氏のおそらく孫に当たる方から、祖父箱木一郎氏から「円方体」については聞いたことがないという返信をもらった。

《復刻》・印刷史談会〈12〉
htt★ps://www.jfpi.or.jp/files/user/pdf/printpia/pdf_part3_01/part3_01_012.pdf
(URLに★印を加えています)
曲面体印刷の発明と グーテンベルグ博物館へ資料寄贈の想い
箱木一郎氏『発明と私』

 この『発明と私』の、「(2)同一陶器」の文章の19行目に「円方体、あるいは円錐体」という言葉がある。その一部を引用してみる。


 私の曲面印刷は、とかくよく間違われますが、私の言う曲面印刷は、
3次形面を有する物体に対する印刷のことに限りたいと強行に主張
してきたのですが、円方体、あるいは円錐体、これは解体してしま
えば結局、平面にある。ということは2次形面であって、曲面印刷
と同類にしては困るということをよく議論してきました。円錐体に
しても、円筒にしても切って開けば平になり、で、紙の輪転機と全
く同じになるので、ぜひ区別をしてくれと強く主張しました。



 箱木一郎氏のおそらく孫に当たる方が指摘されていましたが、「円方体、あるいは円錐体」と、次にあるその言い換えと思われる表現「円錐体にしても、円筒にしても」から、「円方体」は「円柱」(円筒)ではないかという指摘をもらった。ただ、それだと円方体(2×2×2)の2×2×2が、それぞれどこを指しているかわからない。
 また、「明治時代、大正時代、昭和初期には使っていた言葉なのかもしれません」という指摘から、当時の尋常小学校、高等小学校、旧制中学の算数や数学の教科書を調べようとしたら、ネットで以下の所でpdfファイルとして見ることができた。 
 「国立教育政策研究所教育図書館 近代教科書デジタルアーカイブ」です。
 htt★ps://www.nier.go.jp/library/textbooks/ (※ ★印を加えています)
 しかし、ここで、立体図形や多様体の項目をいくつかチェックしたが、円柱はあっても残念ながら「円方体」には出会えなかった。
 
8.以下のように「円方体」という言葉を使った二人に共通するのは印刷関係だから、ということで、東洋インキのホームページの問い合わせにコメントしようとしたが、書き込んだ内容の確認の画面でエラーが出て、かなわなかった。
① 吉本隆明さん(大正13年 1924年生まれ) 戦後の若い頃東洋インキで数年技術開発部門にいた。
② 箱木一郎氏(明治29年 1896年生まれ) 曲面印刷法を研究・発明、事業化した。


★まとめ
 ということで、「円方体」という言葉を使った二人がいるから、誤植とは考えられず、「円方体」という言葉はネットで検索してもヒットせず、昔の算数や数学の教科書にもおそらくなく、今のところ出所不明と見なすほかない。途中で、「円方体」は、「前方後円墳」の名付けのように上部が円筒形で下部が直方体、すなわち上から見たら(上)円(下)方体ではないかと想像した。しかし、これも2×2×2が不明になる。ただし、上部を省略すると、直方体で縦・横・高さの2×2×2にはなる。
 古墳の形からくる名前には、「上円下方墳」もある。「前方後円墳」みたいにその墳墓の立体的な形を余すことなく伝えようという呼び名のようだ。この墳墓の形を立体と見なして言いやすく省略すると、「円方体」になりそうだが。
 なお、箱木一郎氏には、『箱木一郎「曲面印刷」を語る』(日本曲面印刷機株式会社発行 141P 1983年)という本があるが、アマゾンの古書で高価すぎて見ていない。


★最後に
追跡の意味について

 それにしても。今のところ二人しか「円方体」という言葉を使っていないなんてふしぎな気がする。学校教育の知識で獲得した言葉や概念以外では、人が使う言葉にはその人の具体性の世界との接触の経験が含まれることがある。例えば、何かの製造会社で現場で勤めた経験のある人なら、一般にはほとんど使われていないような製造工程での言葉があるかもしれない。それはおそらくその小社会でのみ流通し、ほとんどその外に出ることはないだろう。こういうことは、現在の均質化された社会では「方言」がずいぶんと壊れてしまっているが、まだイントネーションにまで退化しても地域社会に残っているという事態と似ているような気がする。もし、吉本さんが使った「円方体」という言葉が、学校教育から学んだものではなく、ある具体性の世界との接触の経験から来るものなら、きちんとそのことをたどってみたいということからこのような追跡になってしまった。
 ささいなことのように見えて、ほんとうに他者の言葉をたどるということには、こういう〈触れる〉という言葉の行為が大切ではないかと思える。
 わたしは、自分がどうでもいいと思うことにはあんまりこだわらない、根はいいかげんな性格もあるけど、今回はこだわりすぎてしまった。だいたい意味は通るからいいとそろそろ終わりにしようかと思っている。


(註.1)
「エレヴァス」問題再び 2017年02月24日








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