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459 予想外







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459 予想外 「まだ考え中」 インタビュー 『論座』2007年4月号 『吉本隆明資料集169』 猫々堂 2017.10.15

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平等な社会
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―― 吉本さんが四〇〜五〇年前に予想されていた日本という国、社会は、現在の日本という国、社会と比べてどうですか。

吉本 いや、それはまったく予想外ですよ(笑い)。自分自身についてもそうでしょう。年食ったら少しはいろんな意味でゆったりできると思っていたら、まるで違いますね。社会についてもそうです。こうなるとは思いませんでしたね。社会主義国と資本主義国とどこが違うのか、やってることは同じじゃないかと。
平等な社会なんてだれも考えていない。これはもう予想違いです。俺は若いころ、ずいぶん勘違いしていたなあと思いますね。
 
革命が起きて、社会主義を標榜する政府ができて、いろんな施策を整えていけばなんとか社会主義という形になっていくはずだと思っていたけど、それは間違いだった。日本で戦後、革命というか改革に値することはひとつしかないんですよ。農地改革です。今でも日本でそんなことができる政党はありません。日本の政党はまだその程度なのです。やっぱり占領軍にやられたなと。そういう面では未来はわからない。人間の生涯もいつどうなるかというのは全然わからない。
 (インタビュー「まだ考え中」P16『論座』2007年4月号、『吉本隆明資料集169』猫々堂)







やったことはないけれど、自分という個の未来予測も予測としては不可能だという気がする。自分の未来もこちらに訪れて来る社会との関わりの舞台で、意識的に選択したり、強いられるように選択したり、あるいはあまり考えもなしに選択したりというふうに、個の意識的な選択や自己責任というようにはこの社会での個の存在はできてはいない。いわば、個と社会がある舞台で出会い、そこでの両者の合作のような形で個の存在の主流はある。だから個の制御不可能な半面では、個の未来はなるようにしかならなかったとも言える。

社会や歴史の予測も個人の未来予測と同様に、いろんな要素が関わっていて、さらにそこには表面化していないような要素もありそれが偶然性のように加担することもあり、難しそうだ。例えば、電気がなかった時代に電気が発見・活用されて電灯が家庭に普及したときの状況を予測することが不可能に近いように。未来予測が無意味だと言うのではないけれど、一般にわたしたちはどうしても後追いで状況の変貌に気づき、捉えるということになりがちである。

しかし、この社会や歴史の数十年後の未来予測ができればそれにこしたことはない。回り道や壮大な過ちをしないにこしたことはないからである。フランスのE.トッドは、(女子)識字率の普及の度合や家族制度の類型をもとにソ連崩壊やリーマンショックやアラブの春やEU離脱などいくつかの未来予測を的中させているといわれている。それらの基軸がこの社会の深層の主流のようなものの駆動因を成していたということなのだろう。

ただし、人類の大きな歴史的な変貌については、その主流を見定めることによって人類がどの方向に進んでいくのかはある程度予測することができるような気がする。ちなみに、わたしの途方もない超未来予測というかイメージによると、人類の祖先の生物の海からの上陸に対して、今度は人類が生き残っていたとして、何億年か先に宇宙に上陸する段階では、現在の一方で動物を愛玩しつつもう一方で食肉として殺しているという矛盾はやっと解決されることになるかもしれない。ノアの方舟のように動埴物たちを乗船させたとしても食肉を不要とするように技術力と慣れによって食の技術も感覚も変貌を遂げているかもしれない。つまり、仏教の生きものへの慈悲が現実化するかもしれない。それまでに、人間も食も変貌していくだろうからである。しかし、このような超未来予測は、現在のところほとんど意味のないほら話にしか見えないだろうと思う。





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